世界史の過去問 | 予想問題の解説つき無料問題集
アンケートはこちら

世界史の過去問 第11583問 出題

問題

世界史上の政治体制について述べた次の文章を読み、下の問いに答えよ。

(1)20世紀初め、中国で議会制の実現を志向した革命家のなかに宋教仁がいる。宋教仁は武装蜂起(ほうき)に失敗し、日本に亡命した。日本で(2)清朝政府による立憲準備の報に接した宋は、その内容を清朝が国民の資質を低く見て議員の資格を与えないものと受け取って、不満と怒りを日記に記している。中華民国成立後に、宋の率いる国民党は(3)国会選挙に勝利した。この国会で宋は内閣総理に指名されることが期待されていたが、その開会直前に、凶弾の犠牲となった。

問 下線部(2)の皇帝について述べた文として正しいものを、次の(1)~(4)のうちから一つ選べ。
 1 . 
光緒帝は、日本の二十一か条要求を受け入れた。
 2 . 
乾隆帝は、「改革開放」を提唱した。
 3 . 
光武帝は、勘合貿易を開始した。
 4 . 
宣統帝は、清朝最後の皇帝であった。

この世界史 過去問の解説(1件)

評価する
0
評価しない
中国の皇帝は、その数があまりにも多いですが、問題として取り上げられる皇帝は限られているので、確実に覚えておいたほうが良いでしょう。
皇帝在任中の日本や世界など、横軸も合わせて理解しておくと、点数アップにつながります。

1、選択肢の中に矛盾があり、ふさわしくありません。
21か条要求の際の皇帝は「ラストエンペラー」宣統帝(愛新覚羅溥儀)です。大隈内閣が袁世凱に対して行いました。
西太后によって擁立された光緒帝は1908年に死亡し、跡を継いだのが宣統帝でした。このとき、3歳でした。

2、選択肢の中に矛盾があり、ふさわしくありません。
「乾隆帝」は漢の時代の皇帝で、鎖国体制を整えました。
一方、「解放改革」とは、20Cに行われた中国国内体制の改革と対外開放政策のことです。

3、選択肢の中に矛盾があり、ふさわしくありません。
「光武帝」は後漢の皇帝です。「勘合貿易」は別名「日明貿易」。
つまり、室町幕府と明との貿易です。

4、1と関連があります。こちらが正しいです。
評価後のアイコン
2017/05/04 00:25
ID : hxgrxodf
付箋メモを残すことが出来ます。
問題に解答すると、解説が表示されます。
解説が空白の場合は、広告ブロック機能を無効にしてください。
この世界史 過去問のURLは  です。

評価の投稿や、学習履歴の保存、付箋メモの利用には無料会員登録が必要です。

確認メールを受け取れるメールアドレスを入力して、送信ボタンを押してください。

※すでに登録済の方はこちら

※利用規約はこちら

メールアドレスとパスワードを入力して[ ログイン ]ボタンを押してください。

※パスワードを忘れた方はこちら

※新規会員登録はこちら

ログアウトしてもよろしいですか。

パスワードを再発行される場合は、メールアドレスを入力して[ パスワード再発行 ]ボタンを押してください。

付箋は自分だけが見れます(非公開です)。