行政書士の過去問
令和3年度
一般知識等 問47

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問題

行政書士試験 令和3年度 一般知識等 問47 (訂正依頼・報告はこちら)

以下の各年に開催された近代オリンピック大会と政治に関する次の記述のうち、妥当なものはどれか。
  • ベルリン大会(1936年)は、ナチス・ドイツが政権を取る前に、不戦条約と国際協調のもとで実施された。
  • ロンドン大会(1948年)は、第2次世界大戦後の初めての大会で、平和の祭典であるため日本やドイツも参加した。
  • 東京大会(1964年)には、日本とソ連・中華人民共和国との間では第2次世界大戦に関する講和条約が結ばれていなかったので、ソ連と中華人民共和国は参加しなかった。
  • モスクワ大会(1980年)は、ソ連によるアフガニスタン侵攻に反発した米国が参加をボイコットし、日本なども不参加となった。
  • サラエボ(冬季)大会(1984年)は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争終結の和平を記念して、国際連合停戦監視団のもとに開催された。

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この過去問の解説 (3件)

01

1.妥当でない。ベルリン大会(1936年)は、ナチス・ドイツ政権下で開催され、アドルフ・ヒトラーが開会宣言を行いました。

2.妥当でない。前半は正しいですが、ドイツや日本は参加しませんでした。

3.妥当でない。中華人民共和国は本大会に参加しませんでしたが、ソ連は参加しています。

4.妥当である。選択肢の通りです。

5.妥当でない。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争はサラエボ大会以降(1992~1995)の出来事です。

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02

コロナウイルス蔓延で開催延期されましたが、五輪開催年(2021年)にちなんで出題された問題と思料します。

戦前から40年以上前の五輪にまつわる問題のため、近現代の世界史を勉強した人を除いて、若い人にはかなり難しいかもしれません。

選択肢1. ベルリン大会(1936年)は、ナチス・ドイツが政権を取る前に、不戦条約と国際協調のもとで実施された。

間違いです。

1933年にアドルフ・ヒトラーが首相に任命され、1945年に連合国に敗戦するまで、ナチス・ドイツが政権を獲得したことから、1936年のベルリン大会はナチス・ドイツの政権下で開催されています。

選択肢2. ロンドン大会(1948年)は、第2次世界大戦後の初めての大会で、平和の祭典であるため日本やドイツも参加した。

間違いです。

戦敗国の日本やドイツは参加が承認されませんでした。

選択肢3. 東京大会(1964年)には、日本とソ連・中華人民共和国との間では第2次世界大戦に関する講和条約が結ばれていなかったので、ソ連と中華人民共和国は参加しなかった。

間違いです。

ソビエト連邦は参加しています。

中華人民共和国が参加していないのは正しいです。

選択肢4. モスクワ大会(1980年)は、ソ連によるアフガニスタン侵攻に反発した米国が参加をボイコットし、日本なども不参加となった。

正しいです。

選択肢5. サラエボ(冬季)大会(1984年)は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争終結の和平を記念して、国際連合停戦監視団のもとに開催された。

間違いです。

ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争はサラエボ五輪後に勃発しましたので、時系列がおかしいです。

参考になった数3

03

この問題のポイントはオリンピック近代史の理解です。

まず、1936年のベルリン大会はヒトラーのオリンピックと呼ばれ、ナチス政権下で行われました。

また、この大会を開催する際にヒトラーは人種差別対策の一時凍結を行い、なんとか開催することができ、初の聖火リレーが行われました。

これが第二次世界大戦前の最後の大会になりました。

次に1948年のロンドン大会は第二次世界大戦後初のオリンピックであり、1936年のベルリン大会以来、12年ぶりに開催されたオリンピックになりました。

この際に、第二次世界大戦敗戦国であるドイツや日本は参加が認められなかったです。

1964年の東京大会は、アジアで初めて開催されたオリンピックであり、有色人種国家における史上初のオリンピックでもあります。

この大会ではソ連は参加しましたが中国は参加しませんでした。

1980年のモスクワ大会は共産圏、社会主義国で初のオリンピック開催となりました。

この大会は前年1979年に起きたソ連のアフガニスタン侵攻の影響で、アメリカ、コートジボワール、日本、西ドイツ、イタリア、中国などの国が集団ボイコットを行いました。

最後に1984年のサラエボ大会は社会主義国で2番目に開催されたオリンピックであり、冬季オリンピックでは初の開催となりました。

この大会後にボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が起こり、メインスタジアムなど多くの施設が崩壊し、戦後一部は再建されましたが、現在も大半は放置されたままです。

 

以上の点をおさえて、解説をみていきましょう。

選択肢1. ベルリン大会(1936年)は、ナチス・ドイツが政権を取る前に、不戦条約と国際協調のもとで実施された。

解説の冒頭より、1936年のベルリン大会はヒトラーのオリンピックと呼ばれ、人種差別対策の一時凍結を行い、なんとか開催することができたとされています。

よって、ベルリン大会(1936年)は、ナチス・ドイツが政権を取った後に、人権差別対策の一時凍結のもとで実施されたとなります。

選択肢2. ロンドン大会(1948年)は、第2次世界大戦後の初めての大会で、平和の祭典であるため日本やドイツも参加した。

解説の冒頭より、1948年のロンドン大会は第二次世界大戦後初のオリンピックであり、第二次世界大戦敗戦国であるドイツや日本は参加が認められなかったとされてます。

よって、ロンドン大会(1948年)は、第2次世界大戦後の初めての大会で、第2次世界大戦敗戦国であるため日本やドイツは参加できなかったとなります。

選択肢3. 東京大会(1964年)には、日本とソ連・中華人民共和国との間では第2次世界大戦に関する講和条約が結ばれていなかったので、ソ連と中華人民共和国は参加しなかった。

解説の冒頭より、1964年の東京大会はソ連は参加しましたが中国は不参加とされてます。

よって、東京大会(1964年)には、ソ連は参加したが中華人民共和国は参加しなかったとなります。

選択肢4. モスクワ大会(1980年)は、ソ連によるアフガニスタン侵攻に反発した米国が参加をボイコットし、日本なども不参加となった。

解説の冒頭より、1980年のモスクワ大会はソ連のアフガニスタン侵攻の影響で、アメリカ、コートジボワール、日本、西ドイツ、イタリア、中国などの国が集団ボイコットを行ったとされてます。

よって、モスクワ大会(1980年)は、ソ連によるアフガニスタン侵攻に反発した米国が参加をボイコットし、日本なども不参加となったとなります。

選択肢5. サラエボ(冬季)大会(1984年)は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争終結の和平を記念して、国際連合停戦監視団のもとに開催された。

解説の冒頭より、サラエボ大会後にボスニア・ヘルツェゴビナ紛争が起こったとされています。

よって、サラエボ(冬季)大会(1984年)は、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争前に開催されたとなります。

まとめ

この問題のように行政書士試験は世界史の知識を問われることがあるので、暇なときに世界史の勉強もした方が良いかもしれません。

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