行政書士 過去問
令和5年度
問34 (法令等 問34)

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問題

行政書士試験 令和5年度 問34(法令等 問34) (訂正依頼・報告はこちら)

損益相殺ないし損益相殺的調整に関する次の記述のうち、民法の規定および判例に照らし、妥当なものはどれか。
  • 幼児が死亡した場合には、親は将来の養育費の支出を免れるので、幼児の逸失利益の算定に際して親の養育費は親に対する損害賠償額から控除される。
  • 被害者が死亡した場合に支払われる生命保険金は、同一の損害についての重複填補に当たるので、被害者の逸失利益の算定に当たって支払われる生命保険金は損害賠償額から控除される。
  • 退職年金の受給者が死亡し遺族が遺族年金の受給権を得た場合には、遺族年金は遺族の生活水準の維持のために支給されるものなので、退職年金受給者の逸失利益の算定に際して、いまだ支給を受けることが確定していない遺族年金の額についても損害賠償額から控除されることはない。
  • 著しく高利の貸付けという形をとっていわゆるヤミ金融業者が元利金等の名目で借主から高額の金員を違法に取得し多大な利益を得る、という反倫理的行為に該当する不法行為の手段として金員を交付した場合、この貸付けによって損害を被った借主が得た貸付金に相当する利益は、借主から貸主に対する不法行為に基づく損害賠償請求に際して損害賠償額から控除されない。
  • 新築の建物が安全性に関する重大な瑕疵があるために、社会通念上、社会経済的な価値を有しないと評価される場合であっても、建て替えまで買主がその建物に居住していた居住利益は、買主からの建て替え費用相当額の損害賠償請求に際して損害賠償額から控除される。

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この過去問の解説 (3件)

01

この問題のポイントは、最判昭39.9.25、最判昭53.10.20、最判平5.3.24、最判平20.6.10、最判平22.6.17の判例の理解です。

以下に判例のポイントをまとめます。

・最判昭39.9.25

この判例の争点は 不法行為による死亡に基づく損害賠償額から生命保険金を控除することができるかどうかです。

結果として、生命保険契約に基づいて給付される保険金は、すでに払い込んだ保険料の対価の 性質を有し、もともと不法行為の原因と関係なく支払わるべきものであるから、た またま本件事故のように不法行為により被保険者が死亡したためにその相続人たる 被上告人両名に保険金の給付がされたとしても、これを不法行為による損害賠償額 から控除すべきいわれはないと解するのが相当であるとされています。

・最判昭53.10.20

この判例の争点は、幼児が死亡した場合にその幼児の財産上の損害賠償額を計算する際にその幼児が将来得ることができた収入額から養育費を控除することができるかどうかです。

結果として、交通事故により死亡した幼児の財産上の損害賠償額の算定については、幼児の損害賠償債権を相続した者が一方で幼児の養育費の支出を必要としなくなつた場合においても、将来得べかりし収入額から養育費を控除すべきではないとされています。

・最判平5.3.24

この判例の争点は、地方公務員等共済組合法(昭和六〇年法律第一〇八号による改正前のもの)の規定に基づく退職年金の受給者が不法行為によつて死亡した場合にその相続人が被害者の死亡を原因として受給権を取得した同法の規定に基づく遺族年金の額を加害者の賠償額から控除することができるかどうかです。

結果として、地方公務員等共済組合法(昭和六〇年法律第一〇八号による改正前のもの)の規定に基づく退職年金の受給者が不法行為によつて死亡した場合に、その相続人が被害者の死亡を原因として同法の規定に基づく遺族年金の受給権を取得したときは、支給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で、これを加害者の賠償すべき損害額から控除すべきであるとされています。

・最判平20.6.10

この判例の争点は、著しく高利の貸付けという形をとっていわゆるヤミ金融業者が元利金等の名目で借主から高額の金員を違法に取得し多大な利益を得る、という反倫理的行為に該当する不法行為の手段として金員を交付した場合に、この貸付けによって損害を被った借主が得た貸付金に相当する利益は、借主から貸主に対する不法行為に基づく損害賠償請求に際して損害賠償額から控除されるかどうかです。

その結果として、社会の倫理,道徳に反する醜悪な行為に該当する不法行為の被害者が,これによって損害を被るとともに,当該醜悪な行為に係る給付を受けて利益を得た場合には,同利益については,加害者からの不当利得返還請求が許されないだけでなく,被害者からの不法行為に基づく損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として被害者の損害額から控除することも,民法708条の趣旨に反するものとして許されないとされています。

・最判平22.6.17

この判例の争点は、新築の建物が安全性に関する重大な瑕疵があるために、社会通念上、社会経済的な価値を有しないと評価される場合であっても、建て替えまで買主がその建物に居住していた居住利益は、買主からの建て替え費用相当額の損害賠償請求に際して損害賠償額から控除されるかどうかです。

結論として、売買の目的物である新築建物に重大な瑕疵がありこれを建て替えざるを得ない場合において,当該瑕疵が構造耐力上の安全性にかかわるものであるため建物が倒壊する具体的なおそれがあるなど,社会通念上,建物自体が社会経済的な価値を有しないと評価すべきものであるときには,上記建物の買主がこれに居住していたという利益については,当該買主からの工事施工者等に対する不法行為に基づく建て替え費用相当額の損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として損害額から控除することはできないとされています。

 

以上の点をおさえて、解説をみていきましょう。

選択肢1. 幼児が死亡した場合には、親は将来の養育費の支出を免れるので、幼児の逸失利益の算定に際して親の養育費は親に対する損害賠償額から控除される。

解説の冒頭より、死亡した幼児の財産上の損害賠償額の算定については、幼児の損害賠償債権を相続した者が一方で幼児の養育費の支出を必要としなくなつた場合においても、将来得べかりし収入額から養育費を控除すべきではないとされています。

よって、幼児が死亡した場合には、親は将来の養育費の支出を免れるが、幼児の逸失利益の算定に際して親の養育費は親に対する損害賠償額から控除されないとなります。

選択肢2. 被害者が死亡した場合に支払われる生命保険金は、同一の損害についての重複填補に当たるので、被害者の逸失利益の算定に当たって支払われる生命保険金は損害賠償額から控除される。

解説の冒頭より、生命保険契約に基づいて給付される保険金は、すでに払い込んだ保険料の対価の 性質を有し、もともと不法行為の原因と関係なく支払わるべきものであるから、た またま本件事故のように不法行為により被保険者が死亡したためにその相続人たる 被上告人両名に保険金の給付がされたとしても、これを不法行為による損害賠償額 から控除すべきいわれはないと解するのが相当であるとされています。

よって、被害者が死亡した場合に支払われる生命保険金は、同一の損害についての重複填補に当たらないので、被害者の逸失利益の算定に当たって支払われる生命保険金は損害賠償額から控除されないとなります。

選択肢3. 退職年金の受給者が死亡し遺族が遺族年金の受給権を得た場合には、遺族年金は遺族の生活水準の維持のために支給されるものなので、退職年金受給者の逸失利益の算定に際して、いまだ支給を受けることが確定していない遺族年金の額についても損害賠償額から控除されることはない。

解説の冒頭より、地方公務員等共済組合法(昭和六〇年法律第一〇八号による改正前のもの)の規定に基づく退職年金の受給者が不法行為によつて死亡した場合に、その相続人が被害者の死亡を原因として同法の規定に基づく遺族年金の受給権を取得したときは、支給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で、これを加害者の賠償すべき損害額から控除すべきであるとされています。

よって、退職年金の受給者が死亡し遺族が遺族年金の受給権を得た場合には、遺族年金は遺族の生活水準の維持のために支給されるものなので、退職年金受給者の逸失利益の算定に際して、いまだ支給を受けることが確定していない遺族年金の額については損害賠償額から控除されないとなります。

選択肢4. 著しく高利の貸付けという形をとっていわゆるヤミ金融業者が元利金等の名目で借主から高額の金員を違法に取得し多大な利益を得る、という反倫理的行為に該当する不法行為の手段として金員を交付した場合、この貸付けによって損害を被った借主が得た貸付金に相当する利益は、借主から貸主に対する不法行為に基づく損害賠償請求に際して損害賠償額から控除されない。

解説の冒頭より、社会の倫理,道徳に反する醜悪な行為に該当する不法行為の被害者が,これによって損害を被るとともに,当該醜悪な行為に係る給付を受けて利益を得た場合には,同利益については,加害者からの不当利得返還請求が許されないだけでなく,被害者からの不法行為に基づく損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として被害者の損害額から控除することも,民法708条の趣旨に反するものとして許されないとされています。

よって、著しく高利の貸付けという形をとっていわゆるヤミ金融業者が元利金等の名目で借主から高額の金員を違法に取得し多大な利益を得る、という反倫理的行為に該当する不法行為の手段として金員を交付した場合、この貸付けによって損害を被った借主が得た貸付金に相当する利益は、借主から貸主に対する不法行為に基づく損害賠償請求に際して損害賠償額から控除されないとなります。

選択肢5. 新築の建物が安全性に関する重大な瑕疵があるために、社会通念上、社会経済的な価値を有しないと評価される場合であっても、建て替えまで買主がその建物に居住していた居住利益は、買主からの建て替え費用相当額の損害賠償請求に際して損害賠償額から控除される。

解説の冒頭より、売買の目的物である新築建物に重大な瑕疵がありこれを建て替えざるを得ない場合において,当該瑕疵が構造耐力上の安全性にかかわるものであるため建物が倒壊する具体的なおそれがあるなど,社会通念上,建物自体が社会経済的な価値を有しないと評価すべきものであるときには,上記建物の買主がこれに居住していたという利益については,当該買主からの工事施工者等に対する不法行為に基づく建て替え費用相当額の損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として損害額から控除することはできないとされています。

よって、新築の建物が安全性に関する重大な瑕疵があるために、社会通念上、社会経済的な価値を有しないと評価される場合、建て替えまで買主がその建物に居住していた居住利益は、買主からの建て替え費用相当額の損害賠償請求に際して損害賠償額から控除されないとなります。

まとめ

この問題に出てきた判例は、初出題のものもあるので、今回出てきた判例を一度見直した方が良いでしょう。

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02

民法の損益相殺に関する問題です。

選択肢1. 幼児が死亡した場合には、親は将来の養育費の支出を免れるので、幼児の逸失利益の算定に際して親の養育費は親に対する損害賠償額から控除される。

1・・・誤り

まず、損益相殺とは、収益と費用、又は損失と収益を相殺して、純損益を算出することを指します。「被害者が不法行為によって損害を被る(マイナス)」と同時に、「同一の原因によって利益を受けた(プラス)」場合には、賠償されるべき損害額が全額もらえるわけではなく、その利益分を控除する(差し引く)ことをいいます。

また、「幼児の逸失利益」とは、幼児が成長していく過程で得られるべきであった経済的利益や社会的利益のことを指します。具体的には、将来の収入、教育を受ける機会、職業の選択肢、人間関係の形成などが挙げられます。幼児が不法行為によって亡くなった場合、彼らが成長していく過程で得られるはずだったこれらの利益(プラス)を逸失した(失った)とされ、その逸失利益について損害賠償を求めることができます。 そして、不法行為により死亡した幼児の損害賠償債権(逸失利益)を相続した者が、幼児の養育費の支出を必要としなくなった場合、養育費の支出がなくなっているのでプラス(利益部分)です。しかし、養育費(プラス)は損益相殺の対象となりません(最判昭53.10.20)。よって、幼児の逸失利益の算定に際して親の養育費は親に対する損害賠償額から控除されません。よって、誤りです。

選択肢2. 被害者が死亡した場合に支払われる生命保険金は、同一の損害についての重複填補に当たるので、被害者の逸失利益の算定に当たって支払われる生命保険金は損害賠償額から控除される。

2・・・誤り

不法行為により被保険者が死亡して相続人に保険金(プラス)の給付がされた場合であっても、損益相殺の対象となりません(最判昭39.9.25)。よって、被害者の逸失利益の算定に当たって支払われる生命保険金は損害賠償額から控除されないため、誤りです。

選択肢3. 退職年金の受給者が死亡し遺族が遺族年金の受給権を得た場合には、遺族年金は遺族の生活水準の維持のために支給されるものなので、退職年金受給者の逸失利益の算定に際して、いまだ支給を受けることが確定していない遺族年金の額についても損害賠償額から控除されることはない。

3・・・誤り

「退職年金を受給していた者」が不法行為によって死亡した場合には、相続人は、加害者に対し、退職年金の受給者が生存していれば、その平均余命期間に受給することができた退職年金の現在額を同人の損害として、損害賠償請求できます。
この場合において、相続人のうちに、退職年金の受給者の死亡を原因として、遺族年金の受給権を取得した者があるときは、遺族年金の支給を受けるべき者につき、給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で、その者が加害者に対して賠償を求め得る損害額からこれを控除すべきものであるが、いまだ支給を受けることが確定していない遺族年金の額についてまで損害額から控除されないです(最大判平5.3.24)。

まず、退職年金の受給者が生存していれば、その平均余命期間に受給することができた退職年金の現在額を、その人の損害として損害賠償請求できます。つまり、被害者が生存していた場合に受給するはずだった退職年金の額を基準として、その損害額が算定されます。

また、被害者の相続人の中に、遺族年金の受給権を取得した者がいる場合、その者が加害者に対して賠償を求める損害額から、実際に受給されるべき遺族年金の額を控除することができます。ただし、遺族年金の支給が確定していない場合は、その額については控除しなくても構いません。つまり、支給が確定している遺族年金の額だけを損害額から差し引くことができます。

【本肢】 「いまだ支給を受けることが確定していない遺族年金の額についても」となっています。「~についても」ということは、「①支給を受けることが確定した遺族年金」も「②支給を受けることが確定していない遺族年金」も両方とも、損害賠償額からは控除されない、という意味になります。これは妥当ではありません。①は控除されるので妥当ではありません。

選択肢4. 著しく高利の貸付けという形をとっていわゆるヤミ金融業者が元利金等の名目で借主から高額の金員を違法に取得し多大な利益を得る、という反倫理的行為に該当する不法行為の手段として金員を交付した場合、この貸付けによって損害を被った借主が得た貸付金に相当する利益は、借主から貸主に対する不法行為に基づく損害賠償請求に際して損害賠償額から控除されない。

4・・・妥当

いわゆる闇金融業者が、元利金等の名目で違法に金員を取得する手段として著しく高利の貸付けの形をとって借主に金員を交付し、借主が貸付金に相当する利益を得た場合に、借主からの不法行為に基づく損害賠償請求において同利益を損益相殺等の対象として借主の損害額から控除することは、民法708条(不法原因給付)の趣旨に反するものとして許されません(最判平20.6.10)。言い換えると、ヤミ金融業者が高金利で貸し付けを行い、借主がその貸し付けによって利益を得た場合、その利益を借主の損害額から控除して損害賠償を軽減することはできません。なぜなら、その利益自体がヤミ金融業者の違法行為によって生じたものであり、このような利益を損益相殺等の手段で補填することは、不法原因給付の趣旨に反するからです。

選択肢5. 新築の建物が安全性に関する重大な瑕疵があるために、社会通念上、社会経済的な価値を有しないと評価される場合であっても、建て替えまで買主がその建物に居住していた居住利益は、買主からの建て替え費用相当額の損害賠償請求に際して損害賠償額から控除される。

5・・・誤り

売買の目的物である新築建物に重大な瑕疵がありこれを建て替えざるを得ない場合において、当該瑕疵が構造耐力上の安全性にかかわるものであるため建物が倒壊する具体的なおそれがあるなど、社会通念上、建物自体が社会経済的な価値を有しないと評価すべきものであるときには、上記建物の買主がこれに居住していたという利益については、当該買主からの工事施工者等に対する建て替え費用相当額の損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として損害額から控除することはできません(最判平22.6.17)。

分かりやすくいうと、建物の瑕疵が構造耐力上の安全性に深刻な影響を与え、倒壊のおそれがあるほど深刻である場合、その建物は社会的・経済的な価値を有していないとみなされます。このような場合、建物の買主がその建物に居住していたという利益については、建て替え費用相当額の損害賠償請求から控除されることはできません。
 

まとめ

出題率の高い分野ですのでしっかり押さえておきましょう。

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03

本問は、不法行為に基づく損害賠償において賠償額の算定の基準の一つとなる「損益相殺ないし損益相殺的調整」に関する判例知識を問う問題です。「損益相殺ないし損益相殺的調整」は長いので以下単に「損益相殺等」とします。

 

損益相殺とは、不法行為により損害を受けた場合に、同一の原因により利益を受けたのであればその利益を賠償額から控除するという損害賠償額算定において適用される法理論です。明文規定はありませんが、判例により「当然のものとして」認められています。
 

条文がないのですから損益相殺等だけの話であれば「民法の規定に」照らす意味はありません。が、損益相殺等を否定する理由付けとして、条文を使った判例があるので一応、「民法の規定」がまったく関係ないわけではありません。とは言え、あまり細かいことを考える必要はありません。

 

どのような場合に損益相殺等を認めるべきかは判例の集積によりますが、多分に政策的配慮があることは否定できません。
そこで、重要なものは憶えるという力技にならざるを得ない面があります。

なお、「損益相殺」と「損益相殺的調整」とは何が違うのか?という疑問が湧きますが、「損益相殺ないし損益相殺的調整」という言葉を一つのテクニカルタームとして、不法行為を契機に被害者が受けた利益を損害賠償額から控除すべきかどうかを判断する枠組みを表す言葉程度に思っておけば十分です。それ以上の話は、試験対策としては無用です。

 

個人的には、「ないし」という表現を使ったことから「損益相殺的調整」は「損益相殺」を拡張するものという発想がありそうな気はします。古典的な損益相殺は、被害者が負担するはずだった支出が不法行為によって不要になった、つまり、消極的利益に関して当事者間の衡平を図るための賠償額調整の原理であったところ、被害者が第三者により損害の填補を受けた(具体的には各種保険)場合に、当事者及び第三者の公平を図るために当該填補分を損害賠償額から控除すべきか否かを決める枠組みに拡張したという程度の話だと理解していますが、理論的にはともかく、損益相殺と損益相殺的調整を区別せずに一体として、衡平を図るための損害賠償額の調整の原理を表す判例表現と考えておけば十分だと思います。

選択肢1. 幼児が死亡した場合には、親は将来の養育費の支出を免れるので、幼児の逸失利益の算定に際して親の養育費は親に対する損害賠償額から控除される。

妥当ではありません
養育費は損益相殺の対象となりません。

 

裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan

「交通事故により死亡した幼児の損害賠償債権を相続した者が一方で幼児の養育費の支出を必要としなくなつた場合においても、右養育費と幼児の将来得べかりし収入との間には前者を後者から損益相殺の法理又はその類推適用により控除すべき損失と利得との同質性がなく、したがつて、幼児の財産上の損害賠償額の算定にあたりその将来得べかりし収入額から養育費を控除すべきものではないと解するのが相当である」

 


この「同質性」という表現も解ったような解らないような表現ではあります。

 

裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan
「本件損害賠償請求権を相続した被上告人らは、他面において、被害者らの死亡により、その扶養義務者として当然に支出すべかりし20才までの扶養費の支出を免れて利得をしているから、損益相殺の理により、賠償額から右扶養費の額を控除すべきであると主張するが、損益相殺により差引かれるべき利得は、被害者本人に生じたものでなければならないと解されるところ、本件賠償請求権は被害者ら本人について発生したものであり、所論のごとき利得は被害者本人に生じたものでないことが明らかであるから、本件賠償額からこれを控除すべきいわれはない。」

 

によると、損害賠償請求権は被害者本人の取得するものであり、一方、扶養費の支出は被害者の相続人が負担するものであって被害者本人が負担しないので、その支出を免れた利得は損益相殺により控除しないと言っています。
この点からすると「同質性」とは、一種の対価性(等価的である必要はありません)と捉えて良いかも知れません。

しかし、ここもそれほど深く考える必要はありません。
極端な話、控除するのが妥当かどうかという結論が先にあり、その結論を説明する理由付け、いわば口実として、「同質性がある/ない」と言っているだけだと思っても構わないでしょう。実際の紛争解決においてはどうしても、多分に感覚的、直感的判断が避けられないことがあります。その場合に理論的に明確な説明ができないことはよくある話です。
学問的にはともかく、実務的にはそういうものとして理論的説明を先送りすることもやむを得ないのです。最初に抽象的な概念を用意して、爾後、具体的事例の集積で輪郭を決めていくというのは、判例ではよくある話です。

 

ところで余談ですが、「養育費」と「扶養費」の違いは何か?と言うと、この場合同じと考えて差し支えありません。
一般的な用法としては、「養育費」は、「夫婦が離婚した場合に監護者でない者が子の養育ために負担する費用」を指し、「扶養費」又は「扶養料」は「法律上の具体的な(単に条文上の扶養義務ではないという意味)扶養義務に基づいて扶養義務者が被扶養者に対して負担する費用」を指しますが、本件判例の「養育費」は特に離婚を前提とはしておらず、その意味で、扶養費(料)のうちで特に未成年の子供の養育のための費用という程度の意味だと思って構いません。

選択肢2. 被害者が死亡した場合に支払われる生命保険金は、同一の損害についての重複填補に当たるので、被害者の逸失利益の算定に当たって支払われる生命保険金は損害賠償額から控除される。

妥当ではありません。
生命保険金は損益相殺の対象とはなりません。
簡単に言えば、生命保険金は生命の対価ではなく保険料の対価的な利得であり、不法行為それ自体の損害である生命の対価ではないというのが一応の理由です。

 

裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan
「生命保険契約に基づいて給付される保険金は、すでに払い込んだ保険料の対価の性質を有し、もともと不法行為の原因と関係なく支払わるべきものであるから、たまたま本件事故のように不法行為により被保険者が死亡したためにその相続人たる被上告人両名に保険金の給付がされたとしても、これを不法行為による損害賠償額から控除すべきいわれはないと解する」

 

とは言え、これは多分に政策的な判断です。生命保険金よりも損害の対価的色彩の強い損害保険金についても、生命保険金同様に
保険料の対価であることを理由に損益相殺を認めていません。

 

裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan
「家屋焼失による損害につき火災保険契約に基づいて被保険者たる家屋所有者に給付される保険金は、既に払い込んだ保険料の対価たる性質を有し、たまたまその損害について第三者が所有者に対し不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償義務を負う場合においても、右損害賠償額の算定に際し、いわゆる損益相殺として控除されるべき利益にはあたらないと解する」

 

ただし、そうすると被害者が保険金と賠償金の二重取りができることになってしまうので、保険金を受けた限度で損害賠償請求権は保険者(保険会社)が当然に代位する(被保険者から保険者へ権利が移転する)という規定(保険法第25条第1項。上記判例では商法第662条ですが、この条文は廃止されています)があります。

選択肢3. 退職年金の受給者が死亡し遺族が遺族年金の受給権を得た場合には、遺族年金は遺族の生活水準の維持のために支給されるものなので、退職年金受給者の逸失利益の算定に際して、いまだ支給を受けることが確定していない遺族年金の額についても損害賠償額から控除されることはない。

妥当ではありません
ひっかけを狙った問題だと思います。率直に言って、いやらしい問題ではありますが、細かいところまで注意しなさいという教訓を得るには良い問題とも言えます。

 

「いまだ支給を受けることが確定していない遺族年金の額についても~控除されることはない。」とありますが、「も」なので「確定した額については言わずもがな(=控除されることはない)」という含みになっています。
しかし、確定した遺族年金の額については控除すべきとするのが判例ですので、妥当ではないということになります。

 

裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan

「相続人のうちに、退職年金の受給者の死亡を原因として、遺族年金の受給権を取得した者があるときは、遺族年金の支給を受けるべき者につき、支給を受けることが確定した遺族年金の額の限度で、その者が加害者に対して賠償を求め得る損害額からこれを控除すべきものである」
「いまだ支給を受けることが確定していない遺族年金の額についてまで損害額から控除することを要しない」

 

同判例では一般論として、

 

「このような調整(損益相殺的調整:筆者註)は、……不法行為に基づく損害賠償制度の目的から考えると、被害者又はその相続人の受ける利益によって被害者に生じた損害が現実に補てんされたということができる範囲に限られるべきである。」


「不法行為と同一の原因によって被害者又はその相続人が第三者に対する債権を取得した場合には、当該債権を取得したということだけから右の損益相殺的な調整をすることは、原則として許されない」
 

「債権には、……現実に履行されることが常に確実であるということはできない上、特に当該債権が将来にわたって継続的に履行されることを内容とするもので、その存続自体についても不確実性を伴うものであるような場合には、当該債権を取得したということだけでは、……被害者に生じた損害が現実に補てんされたものということができない」
 

「被害者又はその相続人が取得した債権につき、損益相殺的な調整を図ることが許されるのは、当該債権が現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合に限られる」

 

と述べていますのでこれも確認しておくと良いでしょう。


一言で言えば、債権はよほど履行が確実でない限りは原則として損益相殺の対象としないということです。

選択肢4. 著しく高利の貸付けという形をとっていわゆるヤミ金融業者が元利金等の名目で借主から高額の金員を違法に取得し多大な利益を得る、という反倫理的行為に該当する不法行為の手段として金員を交付した場合、この貸付けによって損害を被った借主が得た貸付金に相当する利益は、借主から貸主に対する不法行為に基づく損害賠償請求に際して損害賠償額から控除されない。

妥当です。よってこの肢が正解です。
損益相殺の理論だけで考えれば、違法な利益を得る目的の貸付けにより被害者が交付を受けた金銭は被害者にとっては同一の原因により得た利益として控除対象と考えてもおかしくはないのですが、そもそも不法原因給付による利得は返還義務がありません(民法第708条)から、違法な利益を得る目的の貸付けによって交付を受けた金銭には返還義務がありません。
その返還義務がない貸付金を損益相殺等として損害賠償額から控除するのは、実質的に返還義務を認めたことに等しくなり、708条の趣旨を没却します。


そこで最判平成20年6月10日裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japanは、一般論として、


「反倫理的行為に該当する不法行為の被害者が,これによって損害を被るとともに,当該反倫理的行為に係る給付を受けて利益を得た場合には,同利益については,加害者からの不当利得返還請求が許されないだけでなく,被害者からの不法行為に基づく損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として被害者の損害額から控除することも,上記のような民法708条の趣旨に反するものとして許されないものというべき」

 

とした上で、いわゆるヤミ金融の著しい高利貸付けが問題となった本件について、

 

「著しく高利の貸付けという形をとって上告人らから元利金等の名目で違法に金員を取得し,多大の利益を得るという反倫理的行為に該当する不法行為の手段として,本件各店舗から上告人らに対して貸付けとしての金員が交付されたというのであるから,上記の金員の交付によって上告人らが得た利益は,不法原因給付によって生じたものというべきであり,同利益を損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として上告人らの損害額から控除することは許されない。」

 

として、ヤミ金融による著しい高利貸付けにおける貸付元本相当額の損益相殺等を否定しています。


余談ですが、この判例を契機に警察庁は、警察官向けの「ヤミ金融事案の被害者対応マニュアル(4訂版)」において「『借りたものは返すべきだ』『せめて元本くらいは返した方がよい』などの対応はしてはいけない」という記述を追加しました。

選択肢5. 新築の建物が安全性に関する重大な瑕疵があるために、社会通念上、社会経済的な価値を有しないと評価される場合であっても、建て替えまで買主がその建物に居住していた居住利益は、買主からの建て替え費用相当額の損害賠償請求に際して損害賠償額から控除される。

妥当ではありません
建替えを要する新築建物の欠陥が、社会通念上、建物自体に社会経済的な価値がないと評価すべきほどのものであれば、当該建物に居住していたという利益は損益相殺等により控除することはできません。

 

裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan
「売買の目的物である新築建物に重大な瑕疵がありこれを建て替えざるを得ない場合において,当該瑕疵が構造耐力上の安全性にかかわるものであるため建物が倒壊する具体的なおそれがあるなど,社会通念上,建物自体が社会経済的な価値を有しないと評価すべきものであるときには,上記建物の買主がこれに居住していたという利益については,当該買主からの工事施工者等に対する建て替え費用相当額の損害賠償請求において損益相殺ないし損益相殺的な調整の対象として損害額から控除することはできない」


なおこの判例は、加えて、

 

「社会経済的な価値を有しない本件建物を建て替えることによって,当初から瑕疵のない建物の引渡しを受けていた場合に比べて結果的に耐用年数の伸長した新築建物を取得することになったとしても,これを利益とみることはできず,そのことを理由に損益相殺ないし損益相殺的な調整をすべきものと解することはできない」

 

とも判示しています。
建て替えにより伸びる耐用年数は、損益相殺等の対象とならない「居住利益」が発生する期間相当分であり、居住利益同様に損益相殺等の対象とならないということでしょう。

 


なお、宮川裁判官の補足意見が得心するものなのでついでに引用しておきます。

「建物の瑕疵は容易に発見できないことが多く,また瑕疵の内容を特定するには時間を要する。賠償を求めても売主等が争って応じない場合も多い。通常は,その間においても,買主は経済的理由等から安全性を欠いた建物であってもやむなく居住し続ける。そのような場合に,居住していることを利益と考え,あるいは売主等からの賠償金により建物を建て替えると耐用年数が伸長した新築建物を取得することになるとして,そのことを利益と考え,損益相殺ないし損益相殺的な調整を行うとすると,賠償が遅れれば遅れるほど賠償額は少なくなることになる。これは,誠意なき売主等を利するという事態を招き,公平ではない。重大な欠陥があり危険を伴う建物に居住することを法的利益と考えること及び建物には交換価値がないのに建て替えれば耐用年数が伸長するなどと考えることは,いずれも相当でない

 

ざっくり言ってしまうと、社会経済的価値のない建物に住んでいることに「居住利益」なんてないし、欠陥で交換価値のない建物に「耐用年数」なんてものもないということです。この方が端的でわかりやすいと思います。

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