精神保健福祉士の過去問
第17回(平成26年度)
保健医療サービス 問155
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問題
第17回(平成26年度) 精神保健福祉士国家試験 保健医療サービス 問155 (訂正依頼・報告はこちら)
日本における医療ソーシャルワーカーの職能としての発展に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選びなさい。
- 第二次世界大戦前に、聖路加国際病院の前身病院の医療社会事業部に医療ソーシャルワーカーとして清水利子が採用された。
- 第二次世界大戦後に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)主導の下、モデル保健所として初めて専任の「医療社会事業係」が配置されたのは板橋保健所である。
- 1953年(昭和28年)に、日本医療社会事業家協会が設立されたことにより、日本における全国的な医療ソーシャルワーカーの職能団体が立ち上がった。
- 医療機関が社会福祉士養成課程における実習施設等の範囲に含められたのは、社会福祉士及び介護福祉士法が成立した時からである。
- 診療報酬改定により、初めて社会福祉士が診療報酬点数上に位置づけられるようになったのは1992年(平成4年)からである。
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この過去問の解説 (3件)
01
1.第二次世界大戦前に、聖路加国際病院の前身病院の医療社会事業部に医療ソーシャルワーカーとして採用されたのは、浅賀ふさです。
2.第二次世界大戦後に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)主導の下、モデル保健所として初めて専任の「医療社会事業係」が配置されたのは、杉並保健所です。
3.1953年(昭和28年)に、全国的な医療ソーシャルワーカーの職能団体となる、日本医療社会事業家協会が設立されました。
4.社会福祉士及び介護福祉士法の成立は1987年(昭和62年)ですが、医療機関が社会福祉士養成課程における実習施設等の範囲に含められたのは、2006年(平成18年)です。
5.診療報酬改定により、初めて社会福祉士が診療報酬点数上に位置づけられるようになったのは、2008年(平成20年)からです。
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02
1929(昭和4)年、聖路加国際病院に日本で最初の医療ソーシャルワーカーとして着任したのは、浅賀ふさです。
浅賀ふさは、日本で医療ソーシャルワーカー、指導者、社会事業教育の分野で活躍しました。
2.×
第二次世界大戦後に、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)主導の下、モデル保健所として初めて専任の「医療社会事業係」が配置されたのは、杉並保健所です。
3. ○
日本医療社会実業家協会は、1953年(昭和28)年に全国組織として結成し、1957(昭和32)年に日本医療社会事業協会に名称変更しました。
4.×
社会福祉士及び介護福祉士法が制定されたのは1987年(昭和62)年ですが、医療機関が社会福祉士養成課程における実習施設等の範囲に含められたのは、2006(平成18)年です。
5.×
診療報酬改定により、初めて社会福祉士が診療報酬点数上に位置づけられるようになったのは2008年(平成20年)からです。
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03
1.日本で初めて採用された医療ソーシャルワーカーは、浅賀ふさです。
2.初めて医療社会事業係の専任となった保健所は、杉並保健所です。
3.記述の通り、日本医療社会事業家協会が設立されたことにより、日本における全国的な医療ソーシャルワーカーの職能団体が立ち上がりました。
4.医療機関が社会福祉士の実習機関に加わったのは、社会福祉士及び介護福祉士法が成立したあとからになります。
5.社会福祉士などの医療ソーシャルワーカーの加算が認められるようになったのは、退院調整加算などが新設された、2008年の診療報酬改定からです。
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