世界史の過去問 | 予想問題
世界史A
問2
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問題
世界史A 平成24年度(2013年) 問2 (訂正依頼・報告はこちら)
歴史上の交易と交通・輸送について述べた次の文章を読み、下の問いに答えよ。
ユーラシア大陸各地域で個々に形成された文化圏は、陸上及び海上交易路を通じ、しだいに結びつきを強めていった。陸上では、「オアシスの道」「草原の道」などのルートが存在し、ソグド商人などが交易活動に従事していた。海上では、8世紀前半までに、ペルシア湾からインド、(1)東南アジア、中国南部沿岸部を結ぶネットワークが形成されていた。8世紀半ばのアッバース朝の出現により、(2)海上交易活動は更に活発となった。10世紀半ば以降、中国商人は海上ルートを使って東南アジアに盛んに進出し、この地で(3)ムスリム商人と交易を行うようになった。13世紀における(4)モンゴル帝国の成立は、ユーラシア陸上と海上の交易路を結びつけることとなり、東西交流は一層活発となっていった。
問 下線部(2)について述べた次の文章中の空欄【ア】と【イ】に入れる語の組合せとして最も適当なものを、下の(1)~(4)のうちから一つ選べ。
海上ルートを使ったムスリム商人は、東南アジアを経て、中国南部の【ア】や泉州にまで至るようになった。彼らは【イ】などを求めて東南アジアへ、陶磁器などを求めて中国へ進出した。
ユーラシア大陸各地域で個々に形成された文化圏は、陸上及び海上交易路を通じ、しだいに結びつきを強めていった。陸上では、「オアシスの道」「草原の道」などのルートが存在し、ソグド商人などが交易活動に従事していた。海上では、8世紀前半までに、ペルシア湾からインド、(1)東南アジア、中国南部沿岸部を結ぶネットワークが形成されていた。8世紀半ばのアッバース朝の出現により、(2)海上交易活動は更に活発となった。10世紀半ば以降、中国商人は海上ルートを使って東南アジアに盛んに進出し、この地で(3)ムスリム商人と交易を行うようになった。13世紀における(4)モンゴル帝国の成立は、ユーラシア陸上と海上の交易路を結びつけることとなり、東西交流は一層活発となっていった。
問 下線部(2)について述べた次の文章中の空欄【ア】と【イ】に入れる語の組合せとして最も適当なものを、下の(1)~(4)のうちから一つ選べ。
海上ルートを使ったムスリム商人は、東南アジアを経て、中国南部の【ア】や泉州にまで至るようになった。彼らは【イ】などを求めて東南アジアへ、陶磁器などを求めて中国へ進出した。
- ア ― 広 州 イ ― ガラス器
- ア ― 広 州 イ ― 香辛料
- ア ― 長 安 イ ― ガラス器
- ア ― 長 安 イ ― 香辛料
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この過去問の解説 (1件)
01
ア、問題文に「中国南部」とあるので、答えは「広州」です。
確認ポイント:都市の場所を確認しましょう。
・「長安」中国東部。朝鮮半島の近くです。
・「広州」中国南部。台湾の近くです。
イ、ムスリム商人が求めたものなので、答えは「香辛料」です。
確認ポイント:商人は何をもたらし、何を求めたのか。
・「もたらしたもの」ぶどう酒、オリーブ油、ガラス器など
・「求めたもの」香辛料、象牙、綿布、真珠など
以上2点と合致する選択肢は「2」です。
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