美容師の過去問
第43回
文化論及び美容技術理論 問2
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問題
第43回 美容師国家試験 文化論及び美容技術理論 問2 (訂正依頼・報告はこちら)
1960年代の服装に関する次の記述のうち、誤っているものはどれか。
- ワンレングスカットと、ボディラインを意識してウエストを細くしぼった服装の「ワンレン・ボディコン」が話題となった。
- 東京銀座では、みゆき族と名付けられた若者ファッションが話題となったが、短期間で終わった。
- 黒などダークな色が主体であった男性ファッションをカラフルにしようとする「ピーコック革命」という動きが起こった。
- パリのオートクチュールデザイナーが高級既製服を販売したことにより、日本でも既製服時代が到来した。
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この過去問の解説 (3件)
01
答えは1です。
1、
1980年代後半、ボディーコンシャスな服のボディコンを着て、ロングのワンレングスカットが流行りました。
ボディコンは、体のラインが強調されている服です。
よって、時代が違うので、これが正解になります。
2、
1964年(昭和39)、銀痤でアイビールックをしている若者をみゆき族といいます。
アイビールックは、アメリカントラッドスタイルの一つで、紺ブレザーを着用したりします。
よって、正しいです。
3、
1960年代、これまで男性の服装はモノトーンが多かったが、クジャクの雄のように、男性もカラフルな色彩の服を着ようという動きがありました。
それをピーコック革命といいます。
よって、正しいです。
4、
1961年(昭和36)ごろから、パリのオートクチュールデザイナーが高級既製服を作り、それまでの既製服は安物というイメージがなくなりました。
よって、正しいです。
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02
答えは1です。
1960年代のファッションの特徴は、派手な色と派手なデザインと派手な柄です。
1. 誤りです。
ワンレングスとは、ワンレングス・ボブの略称です。
ボディコンは、ボディコンシャスの略称です。
1980年代のバブル期に流行った女性のファッションです。
※年代が違うので誤りです。
2. 正しいです。
みゆき族は1964年に夏の銀座みゆき通り周辺に集まった若者達につけられた名称です。
ボタンダウンシャツ、ショーツにローファーを履いたスタイルの「アイビールック」が流行りました。
3. 正しいです。
「ピーコック革命」とは、1960年代後期のメンズファッションに大きな影響を与えた考え方です。
ピーコック革命は、男性ももっと服装に個性を取り入れようというのが基本アイデアでした。
ピーコック・・・雄クジャクが由来です
4. 正しいです。
オートクチュールは高級仕立服のことです。
1959年、ピエールカルダンが初めてプレタポルテを発表し、1960年代半ばになるとプレタポルテは発展し、日本でも既製服時代が到来しました。
「プレタポルテ」とは、高級既製服のことです。=すぐに着られる服という意味です。
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03
そのファッションが流行した年代を間違えないように解答していきましょう。
ワンレン・ボディコンが流行したのは、1960年代ではなく、1980年代です。
よって誤りです。
1964年に、東京銀座では、みゆき族という若者ファッションが話題となりました。しかし、同年に行われたオリンピックに向けての風紀向上のため、警察の取り締まりの対象となったこともあり、ブームは短期間で終わりました。
よって正しいです。
1960年代に、これまでの男性ファッションの主体であったダークな色をカラフルにしようとする「ピーコック革命」が起こりました。
よって正しいです。
1961年くらいから、パリのオートクチュールデザイナーが高級既製服をつくり出し、日本でも販売され、既製服時代が到来しました。
よって正しいです。
1960年代には、この他にもヒッピーファッションやミニスカートなどが流行しました。
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