大学入学共通テスト(国語) 過去問
令和4年度(2022年度)本試験
問26 (第3問(漢文) 問8)
問題文
【文章I】
院も我が御方にかへりて、うちやすませ給(たま)へれど、(ア)まどろまれ給はず。ありつる御面影、心にかかりておぼえ給ふぞいとわりなき。「さしはへて(注1)聞こえむも、人聞きよろしかるまじ。いかがはせむ」と思(おぼ)し乱る。御はらからといへど、年月よそにて生ひたち給へれば、うとうとしくならひ給へるままに、A つつましき御思ひも薄くやありけむ、なほひたぶるにいぶせくてやみなむは、あかず口惜しと思す。けしからぬ御本性(ほんじやう)なりや。
なにがしの大納言の女(むすめ)(注2)、御身近く召し使ふ人、かの斎宮(注3)にも、さるべきゆかりありて睦(むつ)ましく参りなるるを召し寄せて、
「なれなれしきまでは思ひ寄らず。ただ少しけ近き程にて、思ふ心の片端を聞こえむ。かく折よき事もいと難かるべし」
とB せちにまめだちてのたまへば、いかがたばかりけむ、夢うつつともなく近づき聞こえ給へれば、いと心憂しと思せど、あえかに消えまどひなどはし給はず。
【文章II】
斎宮は二十に余り給ふ。(イ)ねびととのひたる御さま、神もなごりを慕ひ給ひける(注4)もことわりに、花といはば、桜にたとへても、よそ目はいかがとあやまたれ、霞の袖を重ぬる(注5)ひまもいかにせましと思ひぬべき御ありさまなれば、ましてくまなき御心(注6)の内は、いつしかいかなる御物思ひの種にかと、よそも御心苦しくぞおぼえさせ給ひし。
御物語ありて、神路(かみぢ)の山の御物語(注7)など、絶え絶え聞こえ給ひて、
「今宵はいたう更け侍(はべ)りぬ。のどかに、明日は嵐の山の禿(かぶろ)なる梢(こずえ)ども(注8)も御覧じて、御帰りあれ」
など申させ給ひて、我が御方へ入らせ給ひて、いつしか、
「いかがすべき、いかがすべき」
と仰せあり。思ひつることよと、をかしくてあれば、
「幼くより参りし(注9)しるしに、このこと申しかなへたらむ、まめやかに心ざしありと思はむ」
など仰せありて、やがて御使(つかひ)に参る。ただ(ウ)おほかたなるやうに、「御対面うれしく。御旅寝すさまじくや」などにて、忍びつつ文あり。氷襲(こほりがさね)の薄様(うすやう)(注10)にや、
「知られじな今しも見つる面影のやがて心にかかりけりとは」
更けぬれば、御前なる人もみな寄り臥(ふ)したる。御主(ぬし)も小几帳(こぎちやう)(注11)引き寄せて、御殿籠(とのごも)りたるなりけり。近く参りて、事のやう奏すれば、御顔うち赤めて、いと物ものたまはず、文も見るとしもなくて、うち置き給ひぬ。
「何とか申すべき」
と申せば、
「思ひ寄らぬ御言の葉は、何と申すべき方もなくて」
とばかりにて、また寝給ひぬるも心やましければ、帰り参りて、このよしを申す。
「ただ、寝たまふらむ所へ導け、導け」
と責めさせ給ふもむつかしければ、御供に参らむことはやすくこそ、しるべして参る。甘(かん)の御衣(ぞ)(注12)などはことごとしければ、御大口(おほくち)(注13)ばかりにて、忍びつつ入らせ給ふ。
まづ先に参りて、御障子をやをら開けたれば、ありつるままにて御殿籠りたる。御前なる人も寝入りぬるにや、音する人もなく、小(ちひ)さらかに(注14)這(は)ひ入らせ給ひぬる後、いかなる御事どもかありけむ。
(注1)さしはへて ――― わざわざ。
(注2)なにがしの大納言の女 ――― 二条を指す。二条は【文章II】の作者である。
(注3)斎宮 ――― 伊勢神宮に奉仕する未婚の皇族女性。天皇の即位ごとに選ばれる。
(注4)神もなごりを慕ひ給ひける ――― 斎宮を退きながらも、帰京せずにしばらく伊勢にとどまっていたことを指す。
(注5)霞の袖を重ぬる ――― 顔を袖で隠すことを指す。美しい桜の花を霞が隠す様子にたとえる。
(注6)くまなき御心 ――― 院の好色な心のこと。
(注7)神路の山の御物語 ――― 伊勢神宮に奉仕していた頃の思い出話を指す。
(注8)嵐の山の禿なる梢ども ――― 嵐山(あらしやま)の落葉した木々の梢。
(注9)幼くより参りし ――― 二条が幼いときから院の側近くにいたことを指す。
(注10)氷襲の薄様 ――― 「氷襲」は表裏の配色で、表も裏も白。「薄様」は紙の種類。
(注11)小几帳 ――― 小さい几帳のこと。
(注12)甘の御衣 ――― 上皇の平服として着用する直衣(のうし)。
(注13)大口 ――― 束帯のときに表袴の下にはく裾口の広い下袴。
(注14)小さらかに ――― 体を縮めて小さくして。
次に示すのは、授業で【文章I】【文章II】を読んだ後の、話し合いの様子である。これを読み、後の問いに答えよ。
教師:いま二つの文章を読みましたが、【文章I】の内容は、【文章II】の後半部分に該当していました。【文章I】は【文章II】を資料にして書かれていますが、かなり違う点もあって、それぞれに特徴がありますね。どのような違いがあるか、みんなで考えてみましょう。
生徒A:【文章II】のほうが、【文章I】より臨場感がある印象かなあ。
生徒B:確かに、院の様子なんかそうかも。【文章II】では( X )。
生徒C:ほかに、二条のコメントが多いところも特徴的だよね。【文章II】の( Y )。普段から院の側に仕えている人の目で見たことが書かれているっていう感じがあるよ。
生徒B:そう言われると、【文章I】では【文章II】の面白いところが全部消されてしまっている気がする。すっきりしてまとまっているけど物足りない。
教師:確かにそう見えるかもしれませんが、【文章I】がどのようにして書かれたものなのかも考える必要がありますね。【文章I】は過去の人物や出来事などを後の時代の人が書いたものです。文学史では「歴史物語」と分類されていますね。【文章II】のように当事者の視点から書いたものではないということに注意しましょう。
生徒B:そうか、書き手の意識の違いによってそれぞれの文章に違いが生じているわけだ。
生徒A:そうすると、【文章I】で( Z )、とまとめられるかな。
生徒C:なるほど、あえてそういうふうに書き換えたのか。
教師:こうして丁寧に読み比べると、面白い発見につながりますね。
空欄( Z )に入る最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
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問題
大学入学共通テスト(国語) 令和4年度(2022年度)本試験 問26(第3問(漢文) 問8) (訂正依頼・報告はこちら)
【文章I】
院も我が御方にかへりて、うちやすませ給(たま)へれど、(ア)まどろまれ給はず。ありつる御面影、心にかかりておぼえ給ふぞいとわりなき。「さしはへて(注1)聞こえむも、人聞きよろしかるまじ。いかがはせむ」と思(おぼ)し乱る。御はらからといへど、年月よそにて生ひたち給へれば、うとうとしくならひ給へるままに、A つつましき御思ひも薄くやありけむ、なほひたぶるにいぶせくてやみなむは、あかず口惜しと思す。けしからぬ御本性(ほんじやう)なりや。
なにがしの大納言の女(むすめ)(注2)、御身近く召し使ふ人、かの斎宮(注3)にも、さるべきゆかりありて睦(むつ)ましく参りなるるを召し寄せて、
「なれなれしきまでは思ひ寄らず。ただ少しけ近き程にて、思ふ心の片端を聞こえむ。かく折よき事もいと難かるべし」
とB せちにまめだちてのたまへば、いかがたばかりけむ、夢うつつともなく近づき聞こえ給へれば、いと心憂しと思せど、あえかに消えまどひなどはし給はず。
【文章II】
斎宮は二十に余り給ふ。(イ)ねびととのひたる御さま、神もなごりを慕ひ給ひける(注4)もことわりに、花といはば、桜にたとへても、よそ目はいかがとあやまたれ、霞の袖を重ぬる(注5)ひまもいかにせましと思ひぬべき御ありさまなれば、ましてくまなき御心(注6)の内は、いつしかいかなる御物思ひの種にかと、よそも御心苦しくぞおぼえさせ給ひし。
御物語ありて、神路(かみぢ)の山の御物語(注7)など、絶え絶え聞こえ給ひて、
「今宵はいたう更け侍(はべ)りぬ。のどかに、明日は嵐の山の禿(かぶろ)なる梢(こずえ)ども(注8)も御覧じて、御帰りあれ」
など申させ給ひて、我が御方へ入らせ給ひて、いつしか、
「いかがすべき、いかがすべき」
と仰せあり。思ひつることよと、をかしくてあれば、
「幼くより参りし(注9)しるしに、このこと申しかなへたらむ、まめやかに心ざしありと思はむ」
など仰せありて、やがて御使(つかひ)に参る。ただ(ウ)おほかたなるやうに、「御対面うれしく。御旅寝すさまじくや」などにて、忍びつつ文あり。氷襲(こほりがさね)の薄様(うすやう)(注10)にや、
「知られじな今しも見つる面影のやがて心にかかりけりとは」
更けぬれば、御前なる人もみな寄り臥(ふ)したる。御主(ぬし)も小几帳(こぎちやう)(注11)引き寄せて、御殿籠(とのごも)りたるなりけり。近く参りて、事のやう奏すれば、御顔うち赤めて、いと物ものたまはず、文も見るとしもなくて、うち置き給ひぬ。
「何とか申すべき」
と申せば、
「思ひ寄らぬ御言の葉は、何と申すべき方もなくて」
とばかりにて、また寝給ひぬるも心やましければ、帰り参りて、このよしを申す。
「ただ、寝たまふらむ所へ導け、導け」
と責めさせ給ふもむつかしければ、御供に参らむことはやすくこそ、しるべして参る。甘(かん)の御衣(ぞ)(注12)などはことごとしければ、御大口(おほくち)(注13)ばかりにて、忍びつつ入らせ給ふ。
まづ先に参りて、御障子をやをら開けたれば、ありつるままにて御殿籠りたる。御前なる人も寝入りぬるにや、音する人もなく、小(ちひ)さらかに(注14)這(は)ひ入らせ給ひぬる後、いかなる御事どもかありけむ。
(注1)さしはへて ――― わざわざ。
(注2)なにがしの大納言の女 ――― 二条を指す。二条は【文章II】の作者である。
(注3)斎宮 ――― 伊勢神宮に奉仕する未婚の皇族女性。天皇の即位ごとに選ばれる。
(注4)神もなごりを慕ひ給ひける ――― 斎宮を退きながらも、帰京せずにしばらく伊勢にとどまっていたことを指す。
(注5)霞の袖を重ぬる ――― 顔を袖で隠すことを指す。美しい桜の花を霞が隠す様子にたとえる。
(注6)くまなき御心 ――― 院の好色な心のこと。
(注7)神路の山の御物語 ――― 伊勢神宮に奉仕していた頃の思い出話を指す。
(注8)嵐の山の禿なる梢ども ――― 嵐山(あらしやま)の落葉した木々の梢。
(注9)幼くより参りし ――― 二条が幼いときから院の側近くにいたことを指す。
(注10)氷襲の薄様 ――― 「氷襲」は表裏の配色で、表も裏も白。「薄様」は紙の種類。
(注11)小几帳 ――― 小さい几帳のこと。
(注12)甘の御衣 ――― 上皇の平服として着用する直衣(のうし)。
(注13)大口 ――― 束帯のときに表袴の下にはく裾口の広い下袴。
(注14)小さらかに ――― 体を縮めて小さくして。
次に示すのは、授業で【文章I】【文章II】を読んだ後の、話し合いの様子である。これを読み、後の問いに答えよ。
教師:いま二つの文章を読みましたが、【文章I】の内容は、【文章II】の後半部分に該当していました。【文章I】は【文章II】を資料にして書かれていますが、かなり違う点もあって、それぞれに特徴がありますね。どのような違いがあるか、みんなで考えてみましょう。
生徒A:【文章II】のほうが、【文章I】より臨場感がある印象かなあ。
生徒B:確かに、院の様子なんかそうかも。【文章II】では( X )。
生徒C:ほかに、二条のコメントが多いところも特徴的だよね。【文章II】の( Y )。普段から院の側に仕えている人の目で見たことが書かれているっていう感じがあるよ。
生徒B:そう言われると、【文章I】では【文章II】の面白いところが全部消されてしまっている気がする。すっきりしてまとまっているけど物足りない。
教師:確かにそう見えるかもしれませんが、【文章I】がどのようにして書かれたものなのかも考える必要がありますね。【文章I】は過去の人物や出来事などを後の時代の人が書いたものです。文学史では「歴史物語」と分類されていますね。【文章II】のように当事者の視点から書いたものではないということに注意しましょう。
生徒B:そうか、書き手の意識の違いによってそれぞれの文章に違いが生じているわけだ。
生徒A:そうすると、【文章I】で( Z )、とまとめられるかな。
生徒C:なるほど、あえてそういうふうに書き換えたのか。
教師:こうして丁寧に読み比べると、面白い発見につながりますね。
空欄( Z )に入る最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
- 院の斎宮への情熱的な様子を描きつつも、権威主義的で高圧的な一面を削っているのは、院を理想的な人物として印象づけて、朝廷の権威を保つように配慮しているからだろう
- 院と斎宮と二条の三者の関係性を明らかにすることで、複雑に絡み合った三人の恋心を整理しているのは、歴史的事実を知る人がわかりやすく描写しようとしているからだろう
- 院が斎宮に送った、いつかは私になびくことになるという歌を省略したのは、神に仕えた相手との密通という事件性を弱めて、事実を抑制的に記述しようとしているからだろう
- 院の発言を簡略化したり、二条の心情を省略したりする一方で、斎宮の心情に触れているのは、当事者全員を俯瞰(ふかん)する立場から出来事の経緯を叙述しようとしているからだろう
正解!素晴らしいです
残念...
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