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保育士の過去問「第25003問」を出題

問題

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次の文は、社会福祉の歴史に関する記述である。適切な記述を一つ選びなさい。
 1 . 
わが国では、生存権とその保障が最初に規定されたのは、「大日本帝国憲法」であった。
 2 . 
わが国の救貧のための法律の始まりは、1946(昭和21)年公布の「旧生活保護法」であった。
 3 . 
わが国の国民皆年金制度の始まりは、1959(昭和34)年に公布された「国民年金法」であった。
 4 . 
1964(昭和39)年公布の「母子及び寡婦福祉法」によって、父子家庭に対する福祉の措置も始まった。
 5 . 
社会福祉士が国家資格として初めて規定されたのは、2000(平成12)年公布の「社会福祉法」であった。
( 保育士試験 平成27年(2015年) 社会福祉 )

この過去問の解説(2件)

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1は、生存権とその保障が最初に規定されたのは日本国憲法25条のため不適切です。

2は、わが国の最初の救貧のための法律は1874年に出された恤救規則のため不適切です。

3は、わが国の最初の国民皆年金制度は1959年に公布された国民年金法であり、この法律が日本の年金制度の基礎を担っています。そのためこれが適切です。

4は、1981年に母子福祉法は母子及び寡婦福祉法と改正され、さらにやっと父子家庭への措置も盛り込まれ、2014年に母子及び父子並びに寡婦福祉法に改められたため不適切です。

5は、社会福祉士が国家資格として規定されたのは1987年の社会福祉士及び介護福祉士法です。このためこれは不適切です。
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解答は3です。

1、不適切
 生存権とその保証について規定されているのは日本国憲法の第25条です。

2、不適切
 日本における公的扶助のベースは明治7年の恤救規則にあります。そこを経て昭和4年に制定された「救護法」が救貧のための法律のはじまりです。

3、適切
 問題文の通りです。

4、不適切
 1964年に公布されたのは「母子福祉法」です。その時点で、父子家庭に対する福祉の措置はありませんでした。
 1981年に「母子および寡婦福祉法」に改正、その後2014年に「母子および父子並びに寡婦福祉法」に改正され、そこでようやく父子家庭についても措置の対象となりました。

5、不適切
 社会福祉士が国家資格として規定されたのは、昭和62年に制定された「社会福祉および介護福祉法」です。
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