保育士の過去問
平成23年(2011年)
保育原理 問104

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問題

保育士試験 平成23年(2011年) 保育原理 問104 (訂正依頼・報告はこちら)

次の文は、日本における保育の歴史についての記述である。適切な記述を○、不適切な記述を×とした場合の正しい組み合わせを一つ選びなさい。

A 「子守学校」「子守学級」では、乳幼児を背負って学校に来る児童を教育し、その間、乳幼児を別室で保育する場合もあった。
B 明治末期には、東基吉、和田実などがフレーベルの恩物中心の保育を批判し、これとは異なる遊びを重視する保育や子ども中心の保育内容を提唱して全国の保母たちに受け入れられていった。
C 1948年に発行された『保育要領―幼児教育の手引き―』は、幼稚園と保育所での使用を前提とし、家庭での幼児教育のあり方についても扱っている。
D 日本では、「認定こども園」の創設まで、幼稚園と保育所の関係について国として検討したことはなかった。
  • A○  B○  C×  D×
  • A○  B×  C○  D×
  • A○  B×  C×  D×
  • A×  B×  C○  D○
  • A×  B×  C×  D○

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この過去問の解説 (3件)

01

正解…「2」

A・1870~80年代にかけて義務教育期間にあたる子が自分の幼い弟妹や他家の幼児の子守りを命じられて学校に行くことができないために、作られた学校。学校まで設けられない場合には子守り学級が設けられた。

B・東基吉、和田実ルソー、ペスタロッチ、フレーベルと受け継がれてきた「自然主義教育」を基本とし、東基吉は妻(くめ)とともに難解の歌詞ばかりの唱歌を変え幼稚園唱歌つくりのさきがけとなった。和田実は「幼児教育」という言葉を初めて使った人で、幼児教育界の先駆者。幼児教育を科学的に論じた「幼児期教育法」を著した。

C・幼児の保育内容として①見学②リズム③休息④自由遊び⑤音楽⑥お話⑦絵画⑧制作⑨自然観察⑩ごっこ遊び・劇遊び・人形芝居⑪健康保育⑫年中行事の12の内容とした。また、幼児の生活指導として①身体の発育②知的発達③情緒的発達④社会的発達の4点が挙げられた。

D・幼稚園は「子供に集団生活の中で充実した教育を受けさせたい」、保育所は「長時間子どもを預かってほしい」というそれぞれのニーズに応えてきたが、両方を同時に満たしてほしいというニーズが高まりどう対応するか課題としていた。平成9年から幼稚園と保育園の在り方について検討され、平成14年には文部科学省と厚生労働省が連携しつつ、幼稚園教諭・保育士資格相互取得の促進、幼稚園と保育所の一体的運営の促進が課題とされていた。

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02

正解は2です。

A ○

「子守学級」「子守学校」は、

明治時代に始まり、

乳幼児の世話のために、

学校に行けない子どもを対象にしていました。

B ×

東基吉は、『幼稚園教育法』を、

和田実は、『幼児教育法』をそれぞれ記しています。

二人ともフレーベルの考え方の影響を受けています。

C ○

1948年に当時の文部省から、

幼稚園、保育所だけでなく、

家庭における幼児教育の手引として、

「保育要領」が発行されました。

D ×

幼保一元化について、

明治以降たびたび議論されています。

1990年代に入り、

待機児童の増加も影響して議論が進み、

「認定こども園」の創設につながって

いきました。

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03

正解は2です。
B.東基吉は形式的な恩物中心主義を批判して独自の保育(教育)を模索していますが、和田実は恩物中心主義を広げていこうとしました。
D.過去にも何度も議論がされていました。

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