保育士の過去問
平成29年(2017年)前期
保育原理 問6

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問題

保育士試験 平成29年(2017年)前期 保育原理 問6 (訂正依頼・報告はこちら)

次の【Ⅰ群】の記述と【Ⅱ群】の人名を結びつけた場合の正しい組み合わせを一つ選びなさい。

【Ⅰ群】

A  静岡県出身の心理学者で、児童文化に深い理解と関心を示し、1922(大正11)年に創刊された『コドモノクニ』では編集顧問をつとめ、『キンダーブック』の1927(昭和2)年の創刊と編集にも関わった。

B  広島県出身の小説家・児童文学作家で、1918(大正7)年に雑誌『赤い鳥』を創刊するなどして、児童自由詩、児童自由画の運動を推進した。

C  岩手県出身の詩人・児童文学作家で、1924(大正13)年に詩集『春と修羅』、童話集『注文の多い料理店』を刊行したほか、稲作に関する著作も執筆した。

【Ⅱ群】
ア倉橋惣三
イ鈴木三重吉
ウ北原白秋
エ宮沢賢治
  • ( A )ア   ( B )イ   ( C )エ
  • ( A )ア   ( B )ウ   ( C )エ
  • ( A )イ   ( B )ウ   ( C )ア
  • ( A )ウ   ( B )ア   ( C )イ
  • ( A )ウ   ( B )エ   ( C )ア

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この過去問の解説 (3件)

01

正解は、1です。Aから順に説明します。

A=ア 倉橋惣三
 児童中心主義で、「生活を、生活で、生活へ」と導く誘導保育で有名です。フレーベル思想(教育遊具の恩物を用いて、遊びで発達を促す)の誤った実践を批判し、本来のフレーベル思想を世に広めました。

B=イ 鈴木三重吉
 日本での初めての児童雑誌は、1888年の「少年園」です。それから30年の時を経て、経済的に好況になってきた大正時代に刊行された「赤い鳥」は、瞬く間に子ども達を虜にし、童謡運動と呼ばれるようになりました。
 ウ 北原白秋は、「赤い鳥」刊行に協力し、作詞家として多くの作品を載せています。

C=エ 宮沢賢治
 岩手県出身の詩人として最も有名です。農業指導者として農民生活者の生活向上のため献身的に尽くす傍ら、創作活動にも熱心に取り組んでいました。病弱で、38歳で病死したのち、詩人達の尽力によって宮沢賢治の作品は世の中に知れ渡るようになりました。

よって、正解は1となります。

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02

正解は1です。

A=ア倉橋 惣三(くらはし そうぞう)、
B=イ鈴木 三重吉(すずき みえきち)、
C=エ宮沢 賢治 (みやざわ けんじ)です。

北原 白秋(きたはら はくしゅう)は熊本県出身の詩人・童話作家・歌人であり、 あめふりの作詞をした人です。

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03

正解は1です。

Aーア 倉橋惣三

Bーイ 鈴木三重吉

Cーエ 宮沢賢治

になります。

以下、補足になります。

ウ 北原白秋は熊本県出身の詩人・童話作家・歌人です。「あめふり」「からたちの花」「まちぼうけ」などの作詞者として有名です。

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