大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和4年度(2022年度)本試験
問37 (日本史B(第1問) 問3)
問題文
陽菜:日本史を勉強していて気付いたんだけれど、小野妹子は「おのの/いもこ」、北条政子は「ほうじょう/まさこ」と読み、「の」があったり、なかったりするよね。これはなぜなのか知っている?
大輝:僕も同じような疑問を持ったので、先生に質問したことがあったよ。その時、姓(せい)と苗字(名字)の違いに関係する、というアドバイスをもらったんだ。そこで、次のようなメモを作成したことがあるよ。
大輝さんのメモ
姓(せい)
・氏(うじ)は大王やヤマト政権に仕える同族集団をもとに成立。
・姓(かばね)は大王から氏に与えられた称号。
・律令制下では、姓は氏と姓の総称とされた。
・天皇は姓を持たない。
・平安時代に姓が形骸化して、姓は専ら氏を指すようになった。
・平安時代以降、源・平・藤原・橘が代表的な姓となる。
苗字(名字)
・家名として私称されたことに始まる。
・叙位・任官などの際には、苗字ではなく姓が用いられる。
・a 武家の苗字は、所領の地名に由来するものが多い。
・明治時代には、それまでの百姓や町人にも苗字の公称が許された
大輝:姓(せい)は、やがて氏(うじ)と同じものになるけど、苗字とは違うものだったんだね。北条政子の場合、平氏の一族であり、平政子が正式な名前と考えられているみたいだね。
陽菜:ということは、北条政子は( ア )だから、「の」がつかないんだね。
大輝:そう、大正解。だけど、例外があるとすれば、豊臣秀吉かな。本来であれば、「とよとみの/ひでよし」というべきなんだけどなあ。b 秀吉が「木下」や「羽柴」を名乗ったように、同じ人でもいろんな名前があったんだ。それに近世になると、百姓や町人たちも、苗字を持っていたようだよ。苗字帯刀の禁止というように、あくまでも公称が許されなかっただけなんだ。
陽菜:へえそうなんだ。すっかり勘違いしていた……。
大輝:明治時代になると、政府は( イ )ために、平民にも苗字を名乗らせたんだ。
陽菜:明治の民法では、女性は嫁いだ家の苗字を使うように義務付けたんだね。
大輝:そのとおり。その後、第二次世界大戦後に民法が改正され、結婚した夫婦の苗字はどちらかにそろえれば良くなったんだ。夫婦がどのような苗字を名乗るかは、現代でも大きな議論になっているね。
下線部bに関連して、近世に活躍した人物の名前に関して述べた次の文Ⅰ~Ⅲについて、古いものから年代順に正しく配列したものを、後のうちから一つ選べ。
Ⅰ 武士の出身であり、本名を杉森信盛といったが、作家としては近松門左衛門と名乗った。
Ⅱ 太郎左衛門を襲名した江川太郎左衛門英竜(号は坦庵)が、伊豆韮山に反射炉を築いた。
Ⅲ 日本に漂着したイギリス人のウィリアム=アダムズは、三浦半島に領地を与えられて三浦按針と名乗り、幕府の外交・貿易顧問をつとめた。
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問題
大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和4年度(2022年度)本試験 問37(日本史B(第1問) 問3) (訂正依頼・報告はこちら)
陽菜:日本史を勉強していて気付いたんだけれど、小野妹子は「おのの/いもこ」、北条政子は「ほうじょう/まさこ」と読み、「の」があったり、なかったりするよね。これはなぜなのか知っている?
大輝:僕も同じような疑問を持ったので、先生に質問したことがあったよ。その時、姓(せい)と苗字(名字)の違いに関係する、というアドバイスをもらったんだ。そこで、次のようなメモを作成したことがあるよ。
大輝さんのメモ
姓(せい)
・氏(うじ)は大王やヤマト政権に仕える同族集団をもとに成立。
・姓(かばね)は大王から氏に与えられた称号。
・律令制下では、姓は氏と姓の総称とされた。
・天皇は姓を持たない。
・平安時代に姓が形骸化して、姓は専ら氏を指すようになった。
・平安時代以降、源・平・藤原・橘が代表的な姓となる。
苗字(名字)
・家名として私称されたことに始まる。
・叙位・任官などの際には、苗字ではなく姓が用いられる。
・a 武家の苗字は、所領の地名に由来するものが多い。
・明治時代には、それまでの百姓や町人にも苗字の公称が許された
大輝:姓(せい)は、やがて氏(うじ)と同じものになるけど、苗字とは違うものだったんだね。北条政子の場合、平氏の一族であり、平政子が正式な名前と考えられているみたいだね。
陽菜:ということは、北条政子は( ア )だから、「の」がつかないんだね。
大輝:そう、大正解。だけど、例外があるとすれば、豊臣秀吉かな。本来であれば、「とよとみの/ひでよし」というべきなんだけどなあ。b 秀吉が「木下」や「羽柴」を名乗ったように、同じ人でもいろんな名前があったんだ。それに近世になると、百姓や町人たちも、苗字を持っていたようだよ。苗字帯刀の禁止というように、あくまでも公称が許されなかっただけなんだ。
陽菜:へえそうなんだ。すっかり勘違いしていた……。
大輝:明治時代になると、政府は( イ )ために、平民にも苗字を名乗らせたんだ。
陽菜:明治の民法では、女性は嫁いだ家の苗字を使うように義務付けたんだね。
大輝:そのとおり。その後、第二次世界大戦後に民法が改正され、結婚した夫婦の苗字はどちらかにそろえれば良くなったんだ。夫婦がどのような苗字を名乗るかは、現代でも大きな議論になっているね。
下線部bに関連して、近世に活躍した人物の名前に関して述べた次の文Ⅰ~Ⅲについて、古いものから年代順に正しく配列したものを、後のうちから一つ選べ。
Ⅰ 武士の出身であり、本名を杉森信盛といったが、作家としては近松門左衛門と名乗った。
Ⅱ 太郎左衛門を襲名した江川太郎左衛門英竜(号は坦庵)が、伊豆韮山に反射炉を築いた。
Ⅲ 日本に漂着したイギリス人のウィリアム=アダムズは、三浦半島に領地を与えられて三浦按針と名乗り、幕府の外交・貿易顧問をつとめた。
- Ⅰ ― Ⅱ ― Ⅲ
- Ⅰ ― Ⅲ ― Ⅱ
- Ⅱ ― Ⅰ ― Ⅲ
- Ⅱ ― Ⅲ ― Ⅰ
- Ⅲ ― Ⅰ ― Ⅱ
- Ⅲ ― Ⅱ ― Ⅰ
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この過去問の解説 (1件)
01
この問題は、江戸時代前後に活躍した人物の名前とその時代背景を理解し、それぞれの人物の活躍した順番を正しく並べられるかどうかを問うものです。
それぞれの文の人物について、時代を確認します。
Ⅰ:近松門左衛門(本名:杉森信盛)
・江戸時代前期の浄瑠璃・歌舞伎作者です。
・活躍時期は17世紀末〜18世紀初頭で、『曽根崎心中』などで知られます。
→17世紀末〜18世紀初頭
Ⅱ:江川太郎左衛門英竜(号:坦庵)
・幕末の代官で、伊豆韮山で反射炉の建設を行いました。
・西洋式の軍備導入を進めた人物です。
→19世紀半ば
Ⅲ:三浦按針(ウィリアム=アダムズ)
・安土桃山時代末〜江戸初期の人物です。
・1600年にオランダ船リーフデ号で日本に漂着し、徳川家康の外交顧問となりました。
・按針とは日本での名乗りで、三浦半島に領地を与えられました。
→17世紀初頭(1600年代前半)
それぞれの年代順に並べると、
Ⅲ(三浦按針)→Ⅰ(近松門左衛門)→Ⅱ(江川英竜) となります。
誤りです。
誤りです。
誤りです。
誤りです。
正しいです。
誤りです。
近世に活躍した人物たちは、身分制度の中で本名と異なる名を使うことが多くありました。
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