保育士の過去問
平成30年(2018年)後期
保育原理 問7

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問題

保育士試験 平成30年(2018年)後期 保育原理 問7 (訂正依頼・報告はこちら)

次の【I群】の記述と【II群】の人名を結び付けた場合の正しい組み合わせを一つ選びなさい。

【I群】
A  東京女子師範学校附属幼稚園の創設時の主任保姆として保姆たちの指導にあたり、日本の幼稚園教育の基礎を築いた。
B  わが国で最初の託児所を私塾「新潟静修学校」内につくり、貧しい子どもたちを幼い兄弟の子守りから解放し、勉学の道を開いた。
C  華族女学校附属幼稚園に勤めていたが、貧しい子どもたちを対象とする幼児教育の必要性を感じ、二葉幼稚園を設立した。
D  岡山孤児院の創設者で、家族舎制度と里親制度の導入などさまざまな保護教育体制を整備するなどわが国の児童福祉事業に尽力した。

【II群】
ア  倉橋惣三
イ  石井十次
ウ  赤沢鍾美
エ  野口幽香
オ  松野クララ
  • Aエ  Bア  Cウ  Dオ
  • Aエ  Bウ  Cオ  Dイ
  • Aオ  Bア  Cイ  Dウ
  • Aオ  Bイ  Cエ  Dア
  • Aオ  Bウ  Cエ  Dイ

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この過去問の解説 (3件)

01

正解は5です。

A 松野クララは東京女子師範学校付属幼稚園の主任保姆です。

B 赤沢鍾美は我が国の託児施設の始まりである新潟静修学校を創設しました。

C 野口幽香は東京の麹町に主に貧困児童を対象とした二葉幼稚園を創設しました。

D 石井十次は無制限収容、小舎方式を採用した我が国初の孤児院である岡山孤児院を創設。岡山孤児院12則を定めて孤児教育の実践にあたりました。

倉橋惣三は誘導保育を実践し、東京女子高等師範付属幼稚園の主事を務めました。著書に「幼稚園真諦」があります。

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02

解答. 5

A. オ 松野クララ
松野クララはドイツ人で、フレーベルの理念を学びました。
ですので、東京女子師範学校附属幼稚園では、恩物が取り入れられました。

B. ウ 赤沢鍾美
農家を対象に無償の託児所として、「新潟静修学校」に付属することで始めました。

C. エ 野口幽香
野口幽香は、森島峰と共に、二葉幼稚園を設立しました。
無償保育を行いましたが、その後の保育施設の普及にはつながりませんでした。

D. イ 石井十次
「岡山孤児院」設立後、大阪で「愛染橋保育所」を開設した人です。
子どもの年齢による発達を考慮した、保護教育体制の整備を行いました。

アの倉橋惣三は、児童中心主義を広めた、幼児教育理論の指導者です。
誘導保育を実践し、子どもの自然な生活を尊重し、「生活を生活で生活へ」の主義の元、活動しました。

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03

A:松野クララは東京女子師範学校付属幼稚園の最初の主席保母です。

B:教員であった赤沢鍾美は1890年に学校を設立しました。当時は児童が幼い兄弟の沿道を見るのが当たり前だったため、学校に幼児を連れてくることが多かったそうです。そこで校内に日本で初めての託児所を作り、児童の勉学の場を与えました。

C:野口幽香は貧しい子どもにも幼稚園の子どもと同様の保育をしたいと、1900年に二葉幼稚園を設立しました。その後1916年に二葉保育園と改名しています。

D:石井十次は1914年に岡山孤児院を設立しました。その功績から「児童福祉の父」と呼ばれています。

選択肢5. Aオ  Bウ  Cエ  Dイ

こちらが正解です。

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