大学入学共通テスト(国語) 過去問
令和4年度(2022年度)追・再試験
問25 (第3問(古文) 問5)
問題文
[ 1 ]かくて、とかうものすることなど(注1)、いたつく(注2)人多くて、ア みなしはてつ。いまはいとあはれなる山寺に集ひて、つれづれとあり。夜、目もあはぬままに、嘆き明かしつつ、山づらを見れば、霧はげに麓(ふもと)をこめたり。京もげに誰(た)がもとへかは出(い)でむとすらむ、いで、なほここながら死なむと思へど、生くる人(注3)ぞいとつらきや。
[ 2 ]かくて十余日になりぬ。僧ども念仏のひまに物語するを聞けば、「この亡くなりぬる人の、あらはに見ゆるところなむある。さて、近く寄れば、消え失せぬなり。遠うては見ゆなり」「いづれの国とかや」「みみらくの島となむいふなる」など、口々語るを聞くに、いと知らまほしう、悲しうおぼえて、かくぞいはるる。
ありとだによそにても見む名にし負はばわれに聞かせよみみらくの島
といふを、兄人(せうと)なる人聞きて、それも泣く泣く、
いづことか音にのみ聞くみみらくの島がくれにし人をたづねむ
[ 3 ]かくてあるほどに、立ちながらものして(注4)、日々にとふめれど、ただいまは何心もなきに、穢(けが)らひの心もとなきこと、おぼつかなきことなど、むつかしきまで書きつづけてあれど、ものおぼえざりしほどのことなればにや、おぼえず。
[ 4 ]里にも急がねど、心にしまかせねば、今日、みな出で立つ日になりぬ。来し時は、膝に臥(ふ)し給(たま)へりし人を、いかでか安らかにと思ひつつ、わが身は汗になりつつ、さりともと思ふ心そひて、頼もしかりき。此度(こたみ)は、いと安らかにて、あさましきまでくつろかに乗られたるにも、道すがらいみじう悲し。
[ 5 ]降りて見るにも、イ さらにものおぼえず悲し。もろともに出で居つつ、つくろはせし草なども、わづらひしよりはじめて、うち捨てたりければ、生ひこりていろいろに咲き乱れたり。わざとのこと(注5)なども、みなおのがとりどりすれば、我はただつれづれとながめをのみして、「ひとむらすすき虫の音(ね)の」とのみぞいはるる。
手ふれねど花はさかりになりにけりとどめおきける露にかかりて
などぞおぼゆる。
[ 6 ]これかれぞ殿上などもせねば、穢らひもひとつにしなしためれば(注6)、おのがじしひき局(つぼね)(注7)などしつつあめる中に、我のみぞ紛るることなくて、夜は念仏の声聞きはじむるより、やがて泣きのみ明かさる。四十九日(しじふくにち)のこと(注8)、誰(たれ)も欠くことなくて、家にてぞする。わが知る人(注9)、おほかたのことを行ひためれば、人々多くさしあひたり。わが心ざしをば、仏をぞ描(か)かせたる。その日過ぎぬれば、みなおのがじし行きあかれぬ。ましてわが心地は心細うなりまさりて、いとどやるかたなく、人(注10)はかう心細げなるを思ひて、ありしよりはしげう通ふ。
(注1)とかうものすることなど ―― 葬式やその後始末など。
(注2)いたつく ―― 世話をする。
(注3)生くる人 ―― 作者を死なせないようにしている人。
(注4)立ちながらものして ―― 作者の夫である藤原兼家が、立ったまま面会しようとしたということ。立ったままであれば、死の穢(けが)れに触れないと考えられていた。
(注5)わざとのこと ―― 特別に行う供養。
(注6)これかれぞ殿上などもせねば、穢らひもひとつにしなしためれば ―― 殿上人もいないので、皆が同じ場所に籠もって喪に服したことを指す。殿上で働く人には、服喪に関わる謹慎期間をめぐってさまざまな制約があった。
(注7)ひき局 ―― 屏風(びょうぶ)などで仕切りをして一時的に作る個人スペース。
(注8)四十九日のこと ―― 人の死後四十九日目に行う、死者を供養するための大きな法事。
(注9)わが知る人 ―― 作者の夫、兼家。
(注10)人 ―― 兼家。
5段落の下線部「ひとむらすすき虫の音の」は、『古今和歌集』の、ある和歌の一部を引用した表現である。その和歌と詞書(ことばがき)(和歌の前書き)は、次の【資料】の通りである。これを読んで、後の問いに答えよ。
【資料】
藤原利基朝臣(としもとのあそん)(注1)の右近中将にて住み侍(はべ)りける曹司(ざうし)(注2)の、身まかりてのち、人も住まずなりにけるに、秋の夜ふけてものよりまうで来けるついでに見入れければ、もとありし前栽もいと繁く荒れたりけるを見て、はやくそこに侍りければ、昔を思ひやりてよみける
御春有助(みはるのありすけ)(注3)
君が植ゑしひとむらすすき虫の音のしげき野辺ともなりにけるかな
(注1)藤原利基朝臣 ―― 平安時代前期の貴族。
(注2)曹司 ―― 邸宅の一画にある、貴人の子弟が住む部屋。
(注3)御春有助 ―― 平安時代前期の歌人。
【資料】の詞書の語句や表現に関する説明として最も適当なものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
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問題
大学入学共通テスト(国語)試験 令和4年度(2022年度)追・再試験 問25(第3問(古文) 問5) (訂正依頼・報告はこちら)
[ 1 ]かくて、とかうものすることなど(注1)、いたつく(注2)人多くて、ア みなしはてつ。いまはいとあはれなる山寺に集ひて、つれづれとあり。夜、目もあはぬままに、嘆き明かしつつ、山づらを見れば、霧はげに麓(ふもと)をこめたり。京もげに誰(た)がもとへかは出(い)でむとすらむ、いで、なほここながら死なむと思へど、生くる人(注3)ぞいとつらきや。
[ 2 ]かくて十余日になりぬ。僧ども念仏のひまに物語するを聞けば、「この亡くなりぬる人の、あらはに見ゆるところなむある。さて、近く寄れば、消え失せぬなり。遠うては見ゆなり」「いづれの国とかや」「みみらくの島となむいふなる」など、口々語るを聞くに、いと知らまほしう、悲しうおぼえて、かくぞいはるる。
ありとだによそにても見む名にし負はばわれに聞かせよみみらくの島
といふを、兄人(せうと)なる人聞きて、それも泣く泣く、
いづことか音にのみ聞くみみらくの島がくれにし人をたづねむ
[ 3 ]かくてあるほどに、立ちながらものして(注4)、日々にとふめれど、ただいまは何心もなきに、穢(けが)らひの心もとなきこと、おぼつかなきことなど、むつかしきまで書きつづけてあれど、ものおぼえざりしほどのことなればにや、おぼえず。
[ 4 ]里にも急がねど、心にしまかせねば、今日、みな出で立つ日になりぬ。来し時は、膝に臥(ふ)し給(たま)へりし人を、いかでか安らかにと思ひつつ、わが身は汗になりつつ、さりともと思ふ心そひて、頼もしかりき。此度(こたみ)は、いと安らかにて、あさましきまでくつろかに乗られたるにも、道すがらいみじう悲し。
[ 5 ]降りて見るにも、イ さらにものおぼえず悲し。もろともに出で居つつ、つくろはせし草なども、わづらひしよりはじめて、うち捨てたりければ、生ひこりていろいろに咲き乱れたり。わざとのこと(注5)なども、みなおのがとりどりすれば、我はただつれづれとながめをのみして、「ひとむらすすき虫の音(ね)の」とのみぞいはるる。
手ふれねど花はさかりになりにけりとどめおきける露にかかりて
などぞおぼゆる。
[ 6 ]これかれぞ殿上などもせねば、穢らひもひとつにしなしためれば(注6)、おのがじしひき局(つぼね)(注7)などしつつあめる中に、我のみぞ紛るることなくて、夜は念仏の声聞きはじむるより、やがて泣きのみ明かさる。四十九日(しじふくにち)のこと(注8)、誰(たれ)も欠くことなくて、家にてぞする。わが知る人(注9)、おほかたのことを行ひためれば、人々多くさしあひたり。わが心ざしをば、仏をぞ描(か)かせたる。その日過ぎぬれば、みなおのがじし行きあかれぬ。ましてわが心地は心細うなりまさりて、いとどやるかたなく、人(注10)はかう心細げなるを思ひて、ありしよりはしげう通ふ。
(注1)とかうものすることなど ―― 葬式やその後始末など。
(注2)いたつく ―― 世話をする。
(注3)生くる人 ―― 作者を死なせないようにしている人。
(注4)立ちながらものして ―― 作者の夫である藤原兼家が、立ったまま面会しようとしたということ。立ったままであれば、死の穢(けが)れに触れないと考えられていた。
(注5)わざとのこと ―― 特別に行う供養。
(注6)これかれぞ殿上などもせねば、穢らひもひとつにしなしためれば ―― 殿上人もいないので、皆が同じ場所に籠もって喪に服したことを指す。殿上で働く人には、服喪に関わる謹慎期間をめぐってさまざまな制約があった。
(注7)ひき局 ―― 屏風(びょうぶ)などで仕切りをして一時的に作る個人スペース。
(注8)四十九日のこと ―― 人の死後四十九日目に行う、死者を供養するための大きな法事。
(注9)わが知る人 ―― 作者の夫、兼家。
(注10)人 ―― 兼家。
5段落の下線部「ひとむらすすき虫の音の」は、『古今和歌集』の、ある和歌の一部を引用した表現である。その和歌と詞書(ことばがき)(和歌の前書き)は、次の【資料】の通りである。これを読んで、後の問いに答えよ。
【資料】
藤原利基朝臣(としもとのあそん)(注1)の右近中将にて住み侍(はべ)りける曹司(ざうし)(注2)の、身まかりてのち、人も住まずなりにけるに、秋の夜ふけてものよりまうで来けるついでに見入れければ、もとありし前栽もいと繁く荒れたりけるを見て、はやくそこに侍りければ、昔を思ひやりてよみける
御春有助(みはるのありすけ)(注3)
君が植ゑしひとむらすすき虫の音のしげき野辺ともなりにけるかな
(注1)藤原利基朝臣 ―― 平安時代前期の貴族。
(注2)曹司 ―― 邸宅の一画にある、貴人の子弟が住む部屋。
(注3)御春有助 ―― 平安時代前期の歌人。
【資料】の詞書の語句や表現に関する説明として最も適当なものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
- 「人も住まずなりにける」の「なり」は伝聞を表し、誰も住まないと聞いたという意味である。
- 「見入れければ」は思わず見とれてしまったところという意味である。
- 「前裁」は庭を囲むように造った垣根のことである。
- 「はやく」は時の経過に対する驚きを表している。
- 「そこに侍りければ」は有助が利基に仕えていたことを示す。
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この過去問の解説 (2件)
01
正確に単語の意味を覚えているかが問われます。
分からない言葉があれば、前後の内容から判断して自然なものを選びましょう。
×「なり」は伝聞を表し
→「人も住まずなりにける」は「人も住まなくなってしまった」という意味で、伝聞の意味はありません。
この選択肢は誤りです。
× 「見入れければ」は思わず見とれてしまったところという意味である。
→「見入れければ」は「のぞきこむ」「じっと見る」と言った意味で、見とれる、という意味ではありません。
この選択肢は誤りです。
×「前裁」は庭を囲むように造った垣根のことである
→「庭先に植え込んだ草木」のことを言います。
「前栽」という単語を覚えていなくても、前という漢字から、「囲むように造った」というところに違和感を覚えて消去することができます。
この選択肢は誤りです。
自信がなければいったん保留にし、別の選択肢を検討しましょう。
×「はやく」は時の経過に対する驚きを表している
→ここでの「はやく」は「かつて」「以前」という意味で、時間の経過がはやい、という意味ではありません。
この選択肢は誤りです。
〇「そこに侍りければ」は有助が利基に仕えていたことを示す
→「侍る」は謙譲語で「お控えする」「お仕えする」という意味をもちます。
この選択肢が正解です。
それぞれの語句の基本的な意味を覚えていれば対応できる問題も多くあります。
不安なところは単語帳などで復習しておきましょう。
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02
語句や表現の問題は、ある程度知識があることが前提となります。
その場で知らない言葉は、前後の文脈やほかの問を参考にして推測していきましょう。
「なりにけり」は「なったなあ」「なってしまったようだ」などと訳し、過去についてしみじみと述べる詠嘆の表現として使われます。
「伝聞」の意味は含まれないため、誤りです。
「荒れたりける」とあることから、「見とれてしまった」とは考えられないため、誤りです。
「前栽」(せんざい)は、庭先の草木や植え込みのことであるため、誤りです。
ここでの「はやく」は、以前、昔、かつてという意味なので、「驚き」のような感情は読み取れないため、誤りです。
「侍る」は、お仕えするという意味の謙譲語です。
「そこ」は「曹司」を指します。
「有助が」「曹司」を見て、「利基に仕えていた」頃を思い出している情景が読み取れるため、この選択肢が最も適当なものです。
古語特有の語句や表現は、問題を解きながら少しずつ覚えていきましょう。
もしも知らない言葉が出てきたら、前後の文脈や語注を参考に推察します。
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