大学入学共通テスト(国語) 過去問
令和5年度(2023年度)追・再試験
問26 (第3問(古文) 問4)
問題文
次の文章は『石清水(いわしみず)物語』の一節である。男君(本文では「中納言」)は木幡(こわた)の姫君に恋心を抱くが、異母妹であることを知って苦悩している。一方、男君の父・関白(本文では「殿」)は、院の意向を受け入れ、院の娘・女二の宮(本文では「宮」「女宮」ともいう)と男君との婚儀の準備を進めていた。本文はそれに続く場面である。これを読んで、後の問いに答えよ。なお、設問の都合で本文の段落に①〜⑤の番号を付してある。
① 中納言はかかるにつけても、人知れぬ心の内には、あるまじき思ひのみやむ世なく、苦しくなりゆくを、強ひて思ひ冷ましてのみ月日を送り給(たま)ふに、宮の御かたちの名高く聞き置きたれば、同じくは、A ものの嘆かしさの紛るばかりに見なし聞こえばやとぞ思(おぼ)しける。官位(つかさくらゐ)の短きを飽かぬことに思しめされて、権(ごん)大納言になり給ひぬ。春の中納言(注1)も、例の同じくなり給ひて、喜び申し(注2)も劣らずし給へど、及ばぬ枝(注3)の一つことに、よろづすさまじくおぼえ給ひけり。
② 神無月十日余りに、女二の宮に参り給ふ。心おごり、言へばさらなり。まづ忍びて三条院(注4)へ参り給ふ。(ア)さらぬほどの所にだに、心殊(こと)なる用意のみおはする人なるに、ましておろかならむやは。こちたきまで薫(た)きしめ給ひて、ひき繕ひて出(い)で給ふ直衣(なほし)姿、なまめかしく、心殊なる用意など、まことに帝の御婿と言はむにかたほならず、宮と聞こゆるとも、おぼろけならむ御かたちにては、並びにくげなる人の御さまなり。忍びたれど、御前(ごぜん)(注5)などあまたにて出でさせ給ふに、大宮(注6)おはせましかば、いかに面立(おもだ)たしく思し喜ばむと、殿はまづ思ひ出で聞こえ給ふ。
③ 院には、待ち取らせ給ふ御心づかひなのめならず。宮の御さまを、(イ)いつしかゆかしう思ひ聞こえ給ふに、御殿油(おほとなぶら)、火ほのかにて、御几帳(きちゃう)の内におはします火影は、まづけしうはあらじはやと見えて、御髪(みぐし)のかかりたるほど、めでたく見ゆ。まして、近き御けはひの、推し量りつるに違(たが)はず、らうたげにおほどかなる御さまを、心落ちゐて、思ひの外に近づき寄りたり道の迷ひ(注7)にも、よそへぬべき心地する人ざまにおはしますにも、まづ思ひ出でられて、B いかなる方にかと、人の結ばむことさへ思ひつづけらるるぞ、我ながらうたてと思ひ知らるる。
④ 明けぬれば、いと疾(と)く出で給ひて、やがて御文奉り給ふ。
「今朝はなほしをれぞまさる女郎花(をみなへし)いかに置きける露の名残ぞ
いつも時雨(しぐれ)は(注8)」とあり。御返しそそのかし申させ給へば、いとつつましげに、ほのかにて、
「今朝のみやわきて時雨(しぐ)れむ女郎花霜がれわたる野辺のならひを」
とて、うち置かせ給へるを、包みて出だしつ。御使ひは女の装束、細長など、例のことなり。御手などさへ、なべてならずをかしげに書きなし給へれば、待ち見給ふも、よろづに思ふやうなりと思すべし。
⑤ かくて三日過ぐして、殿(注9)へ入らせ給ふ儀式、殊なり。寝殿の渡殿(わたどの)かけて、御しつらひあり。女房二十人、童(わらは)四人、下仕へなど、見どころ多くいみじ。女宮の御さま、のどかに見奉り給ふに、いみじう盛りに調ひて、思ひなしも気高く、らうらうじきもののなつかしげに、(ウ)おくれたるところなくうつくしき人のさまにて、御髪は袿(うちき)の裾にひとしくて、影見ゆばかりきらめきかかりたるほどなど、限りなし。人知れず心にかかる木幡の里にも並び給ふべしと見ゆるに、御心落ちゐて、いとかひありと思したり。
(注1)春の中納言 ―― 男君のライバル。女二の宮との結婚を望んでいた。
(注2)喜び申し ―― 官位を授けられた者が宮中に参上して感謝の意を表すること。
(注3)及ばぬ枝 ―― 女二の宮との結婚に手が届かなかったことを指す。
(注4)三条院―― 女二の宮と院の住まい。女二の宮の結婚が決まった後、帝の位を退いた院は、この邸(やしき)で女二の宮と暮らしている。
(注5)御前 ―― ここでは、貴人の通行のとき、道の前方にいる人々を追い払う人。
(注6)大宮 ―― 男君の亡き母宮。
(注7)思ひの外に近づき寄りたりし道の迷ひ―― 前年の春に出会って以来、男君が恋心を抱き続けている木幡の姫君のことを指す。
(注8)いつも時雨は ―― 「神無月いつも時雨は降りしかどかく袖ひつる折はなかりき」という和歌をふまえる。
(注9)殿 ―― 男君の住む邸宅。
下線部A「ものの嘆かしさの紛るばかりに見なし聞こえばやとぞ思しける」は男君の心情を述べたものだが、その文法と内容に関わる説明として最も適当なものを、次ののうちから一つ選べ。
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問題
大学入学共通テスト(国語)試験 令和5年度(2023年度)追・再試験 問26(第3問(古文) 問4) (訂正依頼・報告はこちら)
次の文章は『石清水(いわしみず)物語』の一節である。男君(本文では「中納言」)は木幡(こわた)の姫君に恋心を抱くが、異母妹であることを知って苦悩している。一方、男君の父・関白(本文では「殿」)は、院の意向を受け入れ、院の娘・女二の宮(本文では「宮」「女宮」ともいう)と男君との婚儀の準備を進めていた。本文はそれに続く場面である。これを読んで、後の問いに答えよ。なお、設問の都合で本文の段落に①〜⑤の番号を付してある。
① 中納言はかかるにつけても、人知れぬ心の内には、あるまじき思ひのみやむ世なく、苦しくなりゆくを、強ひて思ひ冷ましてのみ月日を送り給(たま)ふに、宮の御かたちの名高く聞き置きたれば、同じくは、A ものの嘆かしさの紛るばかりに見なし聞こえばやとぞ思(おぼ)しける。官位(つかさくらゐ)の短きを飽かぬことに思しめされて、権(ごん)大納言になり給ひぬ。春の中納言(注1)も、例の同じくなり給ひて、喜び申し(注2)も劣らずし給へど、及ばぬ枝(注3)の一つことに、よろづすさまじくおぼえ給ひけり。
② 神無月十日余りに、女二の宮に参り給ふ。心おごり、言へばさらなり。まづ忍びて三条院(注4)へ参り給ふ。(ア)さらぬほどの所にだに、心殊(こと)なる用意のみおはする人なるに、ましておろかならむやは。こちたきまで薫(た)きしめ給ひて、ひき繕ひて出(い)で給ふ直衣(なほし)姿、なまめかしく、心殊なる用意など、まことに帝の御婿と言はむにかたほならず、宮と聞こゆるとも、おぼろけならむ御かたちにては、並びにくげなる人の御さまなり。忍びたれど、御前(ごぜん)(注5)などあまたにて出でさせ給ふに、大宮(注6)おはせましかば、いかに面立(おもだ)たしく思し喜ばむと、殿はまづ思ひ出で聞こえ給ふ。
③ 院には、待ち取らせ給ふ御心づかひなのめならず。宮の御さまを、(イ)いつしかゆかしう思ひ聞こえ給ふに、御殿油(おほとなぶら)、火ほのかにて、御几帳(きちゃう)の内におはします火影は、まづけしうはあらじはやと見えて、御髪(みぐし)のかかりたるほど、めでたく見ゆ。まして、近き御けはひの、推し量りつるに違(たが)はず、らうたげにおほどかなる御さまを、心落ちゐて、思ひの外に近づき寄りたり道の迷ひ(注7)にも、よそへぬべき心地する人ざまにおはしますにも、まづ思ひ出でられて、B いかなる方にかと、人の結ばむことさへ思ひつづけらるるぞ、我ながらうたてと思ひ知らるる。
④ 明けぬれば、いと疾(と)く出で給ひて、やがて御文奉り給ふ。
「今朝はなほしをれぞまさる女郎花(をみなへし)いかに置きける露の名残ぞ
いつも時雨(しぐれ)は(注8)」とあり。御返しそそのかし申させ給へば、いとつつましげに、ほのかにて、
「今朝のみやわきて時雨(しぐ)れむ女郎花霜がれわたる野辺のならひを」
とて、うち置かせ給へるを、包みて出だしつ。御使ひは女の装束、細長など、例のことなり。御手などさへ、なべてならずをかしげに書きなし給へれば、待ち見給ふも、よろづに思ふやうなりと思すべし。
⑤ かくて三日過ぐして、殿(注9)へ入らせ給ふ儀式、殊なり。寝殿の渡殿(わたどの)かけて、御しつらひあり。女房二十人、童(わらは)四人、下仕へなど、見どころ多くいみじ。女宮の御さま、のどかに見奉り給ふに、いみじう盛りに調ひて、思ひなしも気高く、らうらうじきもののなつかしげに、(ウ)おくれたるところなくうつくしき人のさまにて、御髪は袿(うちき)の裾にひとしくて、影見ゆばかりきらめきかかりたるほどなど、限りなし。人知れず心にかかる木幡の里にも並び給ふべしと見ゆるに、御心落ちゐて、いとかひありと思したり。
(注1)春の中納言 ―― 男君のライバル。女二の宮との結婚を望んでいた。
(注2)喜び申し ―― 官位を授けられた者が宮中に参上して感謝の意を表すること。
(注3)及ばぬ枝 ―― 女二の宮との結婚に手が届かなかったことを指す。
(注4)三条院―― 女二の宮と院の住まい。女二の宮の結婚が決まった後、帝の位を退いた院は、この邸(やしき)で女二の宮と暮らしている。
(注5)御前 ―― ここでは、貴人の通行のとき、道の前方にいる人々を追い払う人。
(注6)大宮 ―― 男君の亡き母宮。
(注7)思ひの外に近づき寄りたりし道の迷ひ―― 前年の春に出会って以来、男君が恋心を抱き続けている木幡の姫君のことを指す。
(注8)いつも時雨は ―― 「神無月いつも時雨は降りしかどかく袖ひつる折はなかりき」という和歌をふまえる。
(注9)殿 ―― 男君の住む邸宅。
下線部A「ものの嘆かしさの紛るばかりに見なし聞こえばやとぞ思しける」は男君の心情を述べたものだが、その文法と内容に関わる説明として最も適当なものを、次ののうちから一つ選べ。
- 「ものの」は、接頭語「もの」に格助詞「の」が接続したもので、このまま女二の宮と結婚しても良いのだろうかという迷いをそれとなく表している。
- 「紛るばかりに」は、動詞「紛る」に程度を表す副助詞「ばかり」が接続したもので、木幡の姫君への思いが紛れるくらいにという意味を表している。
- 「見なし聞こえばや」は、複合動詞「見なし聞こゆ」に願望を表す終助詞「ばや」が接続したもので、女二の宮に会ってみたいという願いを表している。
- 「思しける」は、尊敬の動詞「思す」に過去の助動詞「けり」が接続したもので、いつのまにか女二の宮に恋をしていたことに対する気づきを表している。
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この過去問の解説 (2件)
01
選択肢に文法について正しい記述がされているかと、
下線部Bの現代語訳として適切かを問われています。
以上を踏まえて各選択肢を検討していきます。
「「ものの」は、接頭語「もの」に格助詞「の」が接続したもの」という部分が不適です。
接頭語は例えば「お腹」の「お」などのことをいいます。
基本的に単語の前につくものであり、格助詞の前には接続しません。
適切です。
動詞と副助詞の説明は正しく、
「木幡の姫君への思いが紛れるくらいに」という解釈も本文と照らし合わせて不自然なものではありません。
「女二の宮に会ってみたいという願い」という部分が不適です。
「見なし」は「見なす」の連用形です。
「見なす」は「見届ける」や「世話をする」という意味です。
そのため「会いたい」という意味とは異なります。
「いつのまにか女二の宮に恋をしていたことに対する気づき」という部分が不適です。
「思しける」の説明は適切ですが、
意味は「お思いになる」であるため、
本文の意味合いとして恋をしていたことに気づいたとは読めません。
文法については基本的な内容が多いです。
文章の現代語訳は語句の意味が重要ですが、
現代で使われているような語句でも、
現代で使われる意味とは違う意味を持つこともあるため、
そのような語句は特に注意して学習しましょう。
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02
文法事項を問う問題は、やはり、その事柄を覚えていないと正解するのは難しいでしょう。
ただし、たとえば選択肢の中の「格助詞」が、実際は格助詞ではなく副助詞、のような用語の部分がカギとなる問題を出すことはまずないので、覚えるべきはその文法事項がどのような訳になるかです。
ここでは「ばかり」の説明が適当な、『「紛るばかりに」は、動詞「紛る」に程度を表す副助詞「ばかり」が接続したもので、木幡の姫君への思いが紛れるばかりにという意味を表している」が正解です。
「ものの」の「もの」は接頭語として使う場合は確かにあります(もの哀しいなど)。
しかし、それがつくのは形容詞や形容動詞など、様態・状態を表す言葉ですので、格助詞の「の」にはつきません。
よって誤りです。
「見る」には会うなどの意味もありますが、ここでは「見なす」ですので、意味が異なります。
「見なす」は「それと思って見る、世話をする」などの意味です。よって誤りです。
助動詞「けり」は過去の意味のほか、こうだったのかと気づく詠嘆の用法も確かにあります。
しかし、それは和歌や会話文の中で用いられるのが原則ですし、例外があるとしても、この文では普通に過去で訳した方が無難です。
「気づきを表している」という点が誤りです。
この問題で問われた文法事項はいずれもマニアックなものではなく、基本的な範疇のものです。覚えてかつ使えるようにしておきましょう。
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