大学入学共通テスト(国語) 過去問
令和6年度(2024年度)本試験
問29 (第3問(古文) 問7)
問題文
桂の院つくりそへ給ふものから、(ア)あからさまにも渡り給(たま)はざりしを、友待つ雪(注1)にもよほされてなむ、ゆくりなく思し立たす(注2)める。かうやうの御歩(あり)きには、源少将、藤式部をはじめて、今の世の有職(いうそく)と聞こゆる若人のかぎり、必ずしも召しまつはしたりしを、(イ)とみのことなりければ、かくとだにもほのめかし給はず、「ただ親しき家司(けいし)(注3)四人五人(よたりいつたり)して」とぞ思しおきて給ふ。
やがて御車引き出(い)でたるに、「空より花の」(注4)とa うち興じたりしも、めでゆくまにまにいつしかと散りうせぬるは、かくてやみぬとにやあらむ。「さるはいみじき出で消えにこそ」と、人々死に返り(注5)妬(ねた)がるを、「げにあへなく口惜し」と思せど、「さてb 引き返さむも人目悪(わろ)かめり。なほ法輪の八講(注6)にことよせて」と思しなりて、ひたやりに急がせ給ふほど、またもつつ闇(注7)に曇りみちて、ありしよりけに散り乱れたれば、道のほとりに御車たてさせつつ見給ふに、何がしの山、くれがしの河原も、ただ時の間にc 面(おも)変はりせり。
かのしぶしぶなりし人々も、いといたう笑み曲げて、「これや小倉(をぐら)の峰(注8)ならまし」「それこそ梅津の渡(注9)りならめ」と、口々に定めあへるものから、松と竹とのけぢめをだに、とりはづしては違(たが)へぬべかめり。「あはれ、世に面白しとはかかるをや言ふならむかし。なほここにてを見栄(は)やさまし(注10)」とて、やがて下簾(したすだれ)(注11)かかげ給ひつつ、
① ここもまた月の中なる里ならし雪の光もよに似ざりけり
などd 興ぜさせ給ふほど、(ウ)かたちをかしげなる童(わらは)の水干(すいかん)着たるが、手を吹く吹く御あと尋(と)め来て、榻(しぢ)(注12)のもとにうずくまりつつ、「これ御車に」とて差し出でたるは、源少将よりの御消息なりけり。e 大夫(たいふ)とりつたへて奉るを見給ふに、「いつも後(おく)らかし給はぬを、かく、
X 白雪のふり捨てられしあたりには恨みのみこそ千重に積もれれ」
とあるを、ほほ笑み給ひて、畳紙(たたうがみ)に、
Y 尋め来やとゆきにしあとをつけつつも待つとは人の知らずやありけむ
やがてそこなる松を雪ながら折らせ給ひて、その枝に結びつけてぞたまはせたる。
やうやう暮れかかるほど、さばかり天霧(あまぎ)らひ(注13)たりしも、いつしかなごりなく晴れわたりて、②名に負ふ里の月影はなやかに差し出でたるに、雪の光もいとどしく映えまさりつつ、天地(あめつち)のかぎり、白銀(しろかね)うちのべたらむがごとくきらめきわたりて、あやにまばゆき夜のさまなり。
院の預かり(注14)も出で来て、「かう渡らせ給ふとも知らざりつれば、とくも迎へ奉らざりしこと」など言ひつつ、頭(かしら)ももたげで、よろづに追従するあまりに、牛の額の雪かきはらふとては、軛(くびき)に触れて烏帽子(えぼし)を落とし、御車やるべき道清むとては、あたら雪をも踏みしだきつつ、足手の色を海老(えび)になして(注15)、桂風(かつらかぜ)を引き歩く。人々、「いまはとく引き入れてむ。かしこのさまもいとゆかしきを」とて、もろそそき(注16)にそそきあへるを、「げにも」とは思すものから、ここもなほ見過ぐしがたうて。
(注1)友待つ雪 ―― 後から降ってくる雪を待つかのように消え残っている雪。
(注2)思し立たす ―― 「す」はここでは尊敬の助動詞。
(注3)家司 ―― 邸(やしき)の事務を担当する者。後出の「大夫」はその一人。
(注4)空より花の ―― 『古今和歌集』の「冬ながら空より花の散りくるは雲のあなたは春にやあるらむ」という和歌をふまえた表現。
(注5)死に返り ―― とても強く。
(注6)法輪の八講 ―― 「法輪」は京都市西京区にある法輪寺。「八講」は『法華経』全八巻を講義して讃(たた)える法会。
(注7)つつ闇 ―― まっくら闇。
(注8)小倉の峰 ―― 京都市右京区にある小倉山。
(注9)梅津の渡り ―― 京都市右京区の名所。桂川左岸に位置する。
(注10)ここにてを見栄やさまし ―― ここで見て賞美しよう。
(注11)下簾 ―― 牛車(ぎっしゃ)の前後の簾(下図参照)の内にかける帳(とばり)。
(注12)榻 ―― 牛車から牛をとり放したとき、「軛(くびき)」を支える台(下図参照)。牛車に乗り降りする際に踏み台ともする。
(注13)天霧ひ ―― 「天霧らふ」は雲や霧などがかかって空が一面に曇るという意。
(注14)院の預かり ―― 桂の院の管理を任された人。
(注15)海老になして ―― 海老のように赤くして。
(注16)もろそそき ―― 「もろ」は一斉に、「そそく」はそわそわするという意。
次に示すのは、「桂(かつら)」という言葉に注目して本文を解説した文章である。これを読んで、後の問いに答えよ。
本文は江戸時代に書かれた作品だが、「桂」やそれに関連する表現に注目すると、平安時代に成立した『源氏物語』や、中国の故事がふまえられていることがわかる。以下、順を追って解説していく。
まず、「桂の院」とある。「桂」は都の中心地からやや離れたところにある土地の名前で、『源氏物語』の主人公である光源氏も「桂の院」という別邸を持っている。「桂の院」という言葉がはじめに出てくることで、読者は『源氏物語』の世界を思い浮かべながら本文を読んでいくことになる。
次に、①の和歌に「月の中なる里」とある。実はこれも「桂」に関わる表現である。古語辞典の「桂」の項目には、「中国の伝説で、月に生えているという木。また、月のこと」という説明がある。すなわち、「月の中なる里」とは「桂の里」を指す。したがって、①の和歌は、「まだ桂の里に着いていないはずだが、この場所もまた『月の中なる里』だと思われる。なぜなら、( Ⅰ )」と解釈できる。
「桂」が「月」を連想させる言葉だとすると、下線部②で桂の里が「名に負ふ里」と表現されている意味も理解できる。すなわち、下線部②以降は( Ⅱ )、という情景を描いているわけである。
最後に、「桂風を引き歩く」とある。「桂風」は「桂の木の間を吹き抜ける風」のことであるが、「桂風を引き」には「風邪を引く」という意味も掛けられている。実は『源氏物語』にも「浜風を引き歩く」という似た表現がある。光源氏の弾く琴の音が素晴らしく、それを聞いた人々が思わず浜を浮かれ歩き風邪を引くというユーモラスな場面である。『源氏物語』を意識して読むと、本文後半では主人公がどのように描かれているかがよくわかる。すなわち、( Ⅲ )。
以上のように、本文は「桂の院」に向かう主人公たちの様子を、移り変わる雪と月の情景とともに描き、最後は院の預かりや人々と対比的に主人公を描いて終わる。作者は『源氏物語』や中国の故事をふまえつつ、「桂」という言葉が有するイメージをいかして、この作品を著したのである。
空欄( Ⅱ )に入る文章として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。

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問題
大学入学共通テスト(国語)試験 令和6年度(2024年度)本試験 問29(第3問(古文) 問7) (訂正依頼・報告はこちら)
桂の院つくりそへ給ふものから、(ア)あからさまにも渡り給(たま)はざりしを、友待つ雪(注1)にもよほされてなむ、ゆくりなく思し立たす(注2)める。かうやうの御歩(あり)きには、源少将、藤式部をはじめて、今の世の有職(いうそく)と聞こゆる若人のかぎり、必ずしも召しまつはしたりしを、(イ)とみのことなりければ、かくとだにもほのめかし給はず、「ただ親しき家司(けいし)(注3)四人五人(よたりいつたり)して」とぞ思しおきて給ふ。
やがて御車引き出(い)でたるに、「空より花の」(注4)とa うち興じたりしも、めでゆくまにまにいつしかと散りうせぬるは、かくてやみぬとにやあらむ。「さるはいみじき出で消えにこそ」と、人々死に返り(注5)妬(ねた)がるを、「げにあへなく口惜し」と思せど、「さてb 引き返さむも人目悪(わろ)かめり。なほ法輪の八講(注6)にことよせて」と思しなりて、ひたやりに急がせ給ふほど、またもつつ闇(注7)に曇りみちて、ありしよりけに散り乱れたれば、道のほとりに御車たてさせつつ見給ふに、何がしの山、くれがしの河原も、ただ時の間にc 面(おも)変はりせり。
かのしぶしぶなりし人々も、いといたう笑み曲げて、「これや小倉(をぐら)の峰(注8)ならまし」「それこそ梅津の渡(注9)りならめ」と、口々に定めあへるものから、松と竹とのけぢめをだに、とりはづしては違(たが)へぬべかめり。「あはれ、世に面白しとはかかるをや言ふならむかし。なほここにてを見栄(は)やさまし(注10)」とて、やがて下簾(したすだれ)(注11)かかげ給ひつつ、
① ここもまた月の中なる里ならし雪の光もよに似ざりけり
などd 興ぜさせ給ふほど、(ウ)かたちをかしげなる童(わらは)の水干(すいかん)着たるが、手を吹く吹く御あと尋(と)め来て、榻(しぢ)(注12)のもとにうずくまりつつ、「これ御車に」とて差し出でたるは、源少将よりの御消息なりけり。e 大夫(たいふ)とりつたへて奉るを見給ふに、「いつも後(おく)らかし給はぬを、かく、
X 白雪のふり捨てられしあたりには恨みのみこそ千重に積もれれ」
とあるを、ほほ笑み給ひて、畳紙(たたうがみ)に、
Y 尋め来やとゆきにしあとをつけつつも待つとは人の知らずやありけむ
やがてそこなる松を雪ながら折らせ給ひて、その枝に結びつけてぞたまはせたる。
やうやう暮れかかるほど、さばかり天霧(あまぎ)らひ(注13)たりしも、いつしかなごりなく晴れわたりて、②名に負ふ里の月影はなやかに差し出でたるに、雪の光もいとどしく映えまさりつつ、天地(あめつち)のかぎり、白銀(しろかね)うちのべたらむがごとくきらめきわたりて、あやにまばゆき夜のさまなり。
院の預かり(注14)も出で来て、「かう渡らせ給ふとも知らざりつれば、とくも迎へ奉らざりしこと」など言ひつつ、頭(かしら)ももたげで、よろづに追従するあまりに、牛の額の雪かきはらふとては、軛(くびき)に触れて烏帽子(えぼし)を落とし、御車やるべき道清むとては、あたら雪をも踏みしだきつつ、足手の色を海老(えび)になして(注15)、桂風(かつらかぜ)を引き歩く。人々、「いまはとく引き入れてむ。かしこのさまもいとゆかしきを」とて、もろそそき(注16)にそそきあへるを、「げにも」とは思すものから、ここもなほ見過ぐしがたうて。
(注1)友待つ雪 ―― 後から降ってくる雪を待つかのように消え残っている雪。
(注2)思し立たす ―― 「す」はここでは尊敬の助動詞。
(注3)家司 ―― 邸(やしき)の事務を担当する者。後出の「大夫」はその一人。
(注4)空より花の ―― 『古今和歌集』の「冬ながら空より花の散りくるは雲のあなたは春にやあるらむ」という和歌をふまえた表現。
(注5)死に返り ―― とても強く。
(注6)法輪の八講 ―― 「法輪」は京都市西京区にある法輪寺。「八講」は『法華経』全八巻を講義して讃(たた)える法会。
(注7)つつ闇 ―― まっくら闇。
(注8)小倉の峰 ―― 京都市右京区にある小倉山。
(注9)梅津の渡り ―― 京都市右京区の名所。桂川左岸に位置する。
(注10)ここにてを見栄やさまし ―― ここで見て賞美しよう。
(注11)下簾 ―― 牛車(ぎっしゃ)の前後の簾(下図参照)の内にかける帳(とばり)。
(注12)榻 ―― 牛車から牛をとり放したとき、「軛(くびき)」を支える台(下図参照)。牛車に乗り降りする際に踏み台ともする。
(注13)天霧ひ ―― 「天霧らふ」は雲や霧などがかかって空が一面に曇るという意。
(注14)院の預かり ―― 桂の院の管理を任された人。
(注15)海老になして ―― 海老のように赤くして。
(注16)もろそそき ―― 「もろ」は一斉に、「そそく」はそわそわするという意。
次に示すのは、「桂(かつら)」という言葉に注目して本文を解説した文章である。これを読んで、後の問いに答えよ。
本文は江戸時代に書かれた作品だが、「桂」やそれに関連する表現に注目すると、平安時代に成立した『源氏物語』や、中国の故事がふまえられていることがわかる。以下、順を追って解説していく。
まず、「桂の院」とある。「桂」は都の中心地からやや離れたところにある土地の名前で、『源氏物語』の主人公である光源氏も「桂の院」という別邸を持っている。「桂の院」という言葉がはじめに出てくることで、読者は『源氏物語』の世界を思い浮かべながら本文を読んでいくことになる。
次に、①の和歌に「月の中なる里」とある。実はこれも「桂」に関わる表現である。古語辞典の「桂」の項目には、「中国の伝説で、月に生えているという木。また、月のこと」という説明がある。すなわち、「月の中なる里」とは「桂の里」を指す。したがって、①の和歌は、「まだ桂の里に着いていないはずだが、この場所もまた『月の中なる里』だと思われる。なぜなら、( Ⅰ )」と解釈できる。
「桂」が「月」を連想させる言葉だとすると、下線部②で桂の里が「名に負ふ里」と表現されている意味も理解できる。すなわち、下線部②以降は( Ⅱ )、という情景を描いているわけである。
最後に、「桂風を引き歩く」とある。「桂風」は「桂の木の間を吹き抜ける風」のことであるが、「桂風を引き」には「風邪を引く」という意味も掛けられている。実は『源氏物語』にも「浜風を引き歩く」という似た表現がある。光源氏の弾く琴の音が素晴らしく、それを聞いた人々が思わず浜を浮かれ歩き風邪を引くというユーモラスな場面である。『源氏物語』を意識して読むと、本文後半では主人公がどのように描かれているかがよくわかる。すなわち、( Ⅲ )。
以上のように、本文は「桂の院」に向かう主人公たちの様子を、移り変わる雪と月の情景とともに描き、最後は院の預かりや人々と対比的に主人公を描いて終わる。作者は『源氏物語』や中国の故事をふまえつつ、「桂」という言葉が有するイメージをいかして、この作品を著したのである。
空欄( Ⅱ )に入る文章として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。

- 空を覆っていた雲にわずかな隙間が生じ、月を想起させる名を持つ桂の里には、一筋の月の光が鮮やかに差し込んできて、明るく照らし出された雪の山が、目がくらむほど輝いている
- 空を覆っていた雲がいつの間にかなくなり、月を想起させる名を持つ桂の里にふさわしく、月の光が鮮やかに差し込み、雪明かりもますます引き立ち、あたり一面が銀色に輝いている
- 空を覆っていた雲が少しずつ薄らぎ、月を想起させる名を持つ桂の里に、月の光が鮮やかに差し込んでいるものの、今夜降り積もった雪が、その月の光を打ち消して明るく輝いている
- 空を覆っていた雲は跡形もなく消え去り、月を想起させる名を持つ桂の里だけに、月の光が鮮やかに差し込んできて、空にちりばめられた銀河の星が、見渡す限りまぶしく輝いている
正解!素晴らしいです
残念...
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