保育士の過去問
平成30年(2018年)前期
社会的養護 問31
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問題
保育士試験 平成30年(2018年)前期 社会的養護 問31 (訂正依頼・報告はこちら)
次の文は、ある福祉に関係する施設の設立に携わった人物の説明である。その人物として正しいものを一つ選びなさい。
この人物は女学校の教頭であったが、明治24年に発生した濃尾地震の被災孤児のための施設、「孤女学院」を開設し、女学校を退職した。その後、入所児童の中に知的障害のある少女がいたことがきっかけとなり、渡米して知的障害児教育を学んだ。また孤児院を、知的障害児を対象とした施設に転換し、施設名称の変更を行った。
この人物は女学校の教頭であったが、明治24年に発生した濃尾地震の被災孤児のための施設、「孤女学院」を開設し、女学校を退職した。その後、入所児童の中に知的障害のある少女がいたことがきっかけとなり、渡米して知的障害児教育を学んだ。また孤児院を、知的障害児を対象とした施設に転換し、施設名称の変更を行った。
- 石井十次
- 石井亮一
- 留岡幸助
- 渋沢栄一
- 高木憲次
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この過去問の解説 (3件)
01
問題文は 「石井亮一」についての説明です。
石井亮一は、明治24年に発生した濃尾地震の被災孤児のための施設、「孤女学院」を開設し、その後渡米して知的障害児教育を学び、帰国後に施設を知的障害児を対象とした施設に転換し、名前を「滝乃川学園」へと変更しました。
以下は補足です。
1石井十次は生活に困窮している母親から子どもを預かったことをきっかけに孤児救済のための施設「岡山孤児院」を設立しました。
3 留岡幸助は、現在の児童自立支援施設の先駆けとなる感化院を設立した人物です。
4 渋沢栄一は、商法講習所、大倉商業学校を設立した人物です。
5 高木憲次は、肢体不自由児のための施設「整肢療護園」を設立した人物です。
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02
1:× 岡山孤児院を設立した人物です。
2:○ のちに滝乃川学園と名称を変更します。
3:× 家庭学校を開設した人物です。
4:× 商法講習所、大倉商業学校の創設者です。
5:× 整肢療護園を設立した人物です。
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03
1 . 石井十次
児童福祉事業家です。
「岡山孤児院」「愛染橋保育所」を設立しました。
2 . 石井亮一
社会実業家だった、石井亮一は、「狐女学院」を開設しました。
「狐女学院」は、のちに、「滝乃川学園」に名称を変更しています。
3 . 留岡幸助
牧師となり、アメリカに留学し学びました。
「家庭学校」を設立した人物です。
4 . 渋沢栄一
「商法会所」を設立した人物です。
政府に召集され、大蔵省に勤めました。
5 . 高木憲次
ドイツに留学ののち、肢体不自由児施設の必要性を説き「整肢療護園」開設に尽力しました。
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