大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和4年度(2022年度)本試験
問14 (世界史B(第2問) 問5)

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問題

大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和4年度(2022年度)本試験 問14(世界史B(第2問) 問5) (訂正依頼・報告はこちら)

ある出来事の当事者の発言や観察者による記録は、歴史を考える際の重要な資料となる。こうした資料について述べた次の文章を読み、後の問いに答えよ。

冷戦期、a ソ連は( ウ )にミサイル基地を建設しようとした。アメリカ合衆国は基地建設に反発して、( ウ )を海上封鎖し、米ソ間で一触即発の危機が発生した。米ソ首脳による交渉の結果、ソ連はミサイルの撤去に同意し、衝突が回避された。次の資料は、その出来事の翌年に、当時のアメリカ合衆国大統領が行った演説である。(引用文には、省略したり、改めたりしたところがある。)

資料
我々はジュネーヴで、軍拡競争の緊張を緩和し、偶発的な戦争の危険を軽減する軍備管理の第一段階について、交渉を進めてきました。これらの交渉のなかで、終わりは見えながらも新たな始まりを大いに必要とする一つの重要な分野が、核実験を非合法化する条約の交渉でした。当該条約は、最も危険な地域の一つで、軍拡競争の悪循環を抑えることになるでしょう。
これに関して、私は二つの重要な決定について発表いたします。第一に、フルシチョフ第一書記とマクミラン首相並びに私は、包括的な核実験禁止条約に関する早期の妥結を目指し、間もなくモスクワでハイレベルの議論を始めることに合意しました。第二に、この問題についての我々の誠意と厳粛な信念を明らかにするために、アメリカ合衆国は、他国が行わない限り、大気圏内における核実験を自ら行わないことを宣言いたします。

この演説を行った大統領は、交渉の過程で妥協を強いられつつも、演説中で述べられている首脳との間で条約を締結した。

下線部aの国の歴史について述べた文として最も適当なものを、次のうちから一つ選べ。
  • 中国との国境で、軍事衝突が起こった。
  • サンフランシスコ講和会議で、平和条約に調印した。
  • クウェートに侵攻した。
  • アメリカ合衆国からアラスカを購入した。

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この過去問の解説 (1件)

01

この問題では、冷戦期に( ウ )=キューバにミサイル基地を建設しようとしたa=ソ連(ソビエト連邦)について、その歴史的出来事を正しく説明している文を選びます。

 

 

 

【選択肢を検討する前提知識】

・ソ連(ソビエト連邦)は、冷戦時代にアメリカと対立した社会主義の超大国で、1991年に崩壊しました。

・ソ連は東ヨーロッパ・中央アジア・極東を含む広大な領土を持ち、時に中国とも緊張状態にありました。

選択肢1. 中国との国境で、軍事衝突が起こった。

これは正しい記述です。

1960年代後半、ソ連と中国はイデオロギーや領土問題で対立し、1969年にウスリー川のダマンスキー島(中国名:珍宝島)付近で軍事衝突(中ソ国境紛争)が発生しました。

同じ社会主義国でありながら対立を深め、ソ連は中国との対峙のため軍備を増強していきました。

選択肢2. サンフランシスコ講和会議で、平和条約に調印した。

誤りです。

1951年に行われたサンフランシスコ講和会議は、日本と連合国との間の講和条約(サンフランシスコ平和条約)を結ぶための会議です。

ソ連はこの会議に参加はしましたが、調印は拒否しました。

理由は、中国(中華人民共和国)が招かれなかったことなどによります。

選択肢3. クウェートに侵攻した。

これは1990年にイラクが行った行動です。

イラクのサダム=フセイン政権が、石油利権などを背景にクウェートに侵攻し、湾岸戦争に発展しました。

ソ連はこの出来事に直接関与していません。

選択肢4. アメリカ合衆国からアラスカを購入した。

これはロシア帝国の話です。

1867年、ロシアは財政難からアメリカにアラスカを売却しました。

この出来事はソ連成立前の19世紀の出来事です。

ソ連がアラスカを購入したのではありません。

まとめ

ソ連は冷戦期において、同じ共産主義国である中国とさえ軍事衝突を起こしました。
この出来事は、国際政治におけるソ連の複雑な立場を示す重要な事例です。

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