大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和4年度(2022年度)追・再試験
問15 (世界史B(第3問) 問4)

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問題

大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和4年度(2022年度)追・再試験 問15(世界史B(第3問) 問4) (訂正依頼・報告はこちら)

人の移動の歴史に関する、先生と生徒との会話を取り上げた次の文章Bを読み、後の問いに答えよ。

B ナチス=ドイツは、東欧の広い範囲に散らばって少数民族として居住していたドイツ系の人々を「民族ドイツ人」と呼び、戦争によって獲得した領土に移住させる政策を実行した。この移住を示した図について、先生と生徒が会話をしている。
田口:東欧の「民族ドイツ人」は、ほとんど「東部編入地域」に移住していますね。ここは( ウ )の西半分で、1939年にドイツが占領した地域ですね。
斉藤:どうしてこの地域に「民族ドイツ人」を移住させようとしたんですか。
先生:ヒトラーは、著書『わが闘争』の中で、1867年に成立した同君連合を非難し、19世紀以降に広まった( エ )という考え方にも触れています。この考えを口実として、ドイツに編入した領土に「民族ドイツ人」を移住させました。でもそのために、この地域のドイツ人以外の住民たちが追放され、彼らの家や財産が奪われたのです。
田口:ドイツの敗戦後は、この地域の「民族ドイツ人」はどうなったんですか。
先生:敗戦によってドイツの領土が変更されて、再び( ウ )が建てられた結果、今度は数百万人ものドイツ人が東方から強制追放されて、財産もほとんど持たずに、ドイツに移住させられました。
斉藤:本当に多くの人々が戦争に翻弄されたんですね。

Bの文章中の( エ )に入れる考え方あ・いと、それと同様の考え方が影響した出来事X・Yとの組合せとして正しいものを、後の選択肢のうちから一つ選べ。

エに入れる考え方
あ  自国内の少数民族を保護すべきである
い  同一の民族が単一の国家を構成すべきである

それと同様の考え方が影響した出来事
X  イタリア統一戦争の結果、イタリア王国が成立した。
Y  オーストリア=ハンガリー帝国が成立した。
問題文の画像
  • あ ― X
  • あ ― Y
  • い ― X
  • い ― Y

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この過去問の解説 (2件)

01

空欄(エ)に入るのは、ヒトラーが『わが闘争』で触れていたナショナリズム的な考え方です。

選択肢1. あ ― X

イタリア統一は民族の統合を目的としており、少数民族の保護とは関係がありません。誤りです。

選択肢2. あ ― Y

一見すると少数民族の保護を連想させますが、実際には複数の民族を強引に統合しようとした体制であり、必ずしも保護的とはいえません。誤りです。

選択肢3. い ― X

こちらが正解です。

「同一の民族が単一の国家を構成すべきである」という考え方は、「民族自決」や「ナショナリズム」と呼ばれる思想に基づいています。
イタリア統一戦争(19世紀中ごろ)は、イタリアに住む人々が「同じ民族」であるという意識を持ち、それぞれの国や地域を統一してイタリア王国をつくろうとした運動でした。したがって、Xの出来事は「い」の考え方に影響を受けたといえます。

選択肢4. い ― Y

この帝国はむしろ多民族国家であり、「い」の考え方とは逆の体制でした。誤りです。

まとめ

【覚えておくべきポイント】

い:同一の民族が単一の国家を構成すべきである」は、ナショナリズムの考え方です。

19世紀にはこのナショナリズムに基づき、イタリア統一(イタリア王国成立)やドイツ統一が起こりました。

 

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02

【文章の確認】
ヒトラーが『わが闘争』で

・「1867年に成立した同君連合を非難」

・「民族ドイツ人をドイツ領内に移住させた」
と言っています。

 

つまり、ここで問題になっているのは
同じ民族をまとめて単一国家を作ろうという発想です。

→ これは「同一の民族が単一の国家を構成すべきである」です。

選択肢1. あ ― X

「少数民族の保護」と「イタリア統一」は結びつかないので誤りです。

選択肢2. あ ― Y

オーストリア=ハンガリー帝国は複数民族共存ですが、少数民族保護が主目的ではないため誤りです。

選択肢3. い ― X

同一民族による単一国家形成と、イタリア統一は結びつくので正しいです。【正解】

選択肢4. い ― Y

オーストリア=ハンガリー帝国は単一民族国家ではなく、複数民族の妥協による国家のため誤りです。

まとめ

ヒトラーが依拠したのは、「民族ごとに独立国家を作るべきだ」というナショナリズム的な考え方でした。
これは19世紀ヨーロッパに広まった思想であり、イタリア統一運動(リソルジメント)も、同じ民族が単一国家を構成しようとするナショナリズムの典型例です。
一方、オーストリア=ハンガリー帝国は複数民族の共存を目指す国家であり、ここで求められている考え方とは異なります。

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