大学入学共通テスト(国語) 過去問
令和4年度(2022年度)追・再試験
問27 (第3問(古文) 問7)
問題文
[ 1 ]かくて、とかうものすることなど(注1)、いたつく(注2)人多くて、ア みなしはてつ。いまはいとあはれなる山寺に集ひて、つれづれとあり。夜、目もあはぬままに、嘆き明かしつつ、山づらを見れば、霧はげに麓(ふもと)をこめたり。京もげに誰(た)がもとへかは出(い)でむとすらむ、いで、なほここながら死なむと思へど、生くる人(注3)ぞいとつらきや。
[ 2 ]かくて十余日になりぬ。僧ども念仏のひまに物語するを聞けば、「この亡くなりぬる人の、あらはに見ゆるところなむある。さて、近く寄れば、消え失せぬなり。遠うては見ゆなり」「いづれの国とかや」「みみらくの島となむいふなる」など、口々語るを聞くに、いと知らまほしう、悲しうおぼえて、かくぞいはるる。
ありとだによそにても見む名にし負はばわれに聞かせよみみらくの島
といふを、兄人(せうと)なる人聞きて、それも泣く泣く、
いづことか音にのみ聞くみみらくの島がくれにし人をたづねむ
[ 3 ]かくてあるほどに、立ちながらものして(注4)、日々にとふめれど、ただいまは何心もなきに、穢(けが)らひの心もとなきこと、おぼつかなきことなど、むつかしきまで書きつづけてあれど、ものおぼえざりしほどのことなればにや、おぼえず。
[ 4 ]里にも急がねど、心にしまかせねば、今日、みな出で立つ日になりぬ。来し時は、膝に臥(ふ)し給(たま)へりし人を、いかでか安らかにと思ひつつ、わが身は汗になりつつ、さりともと思ふ心そひて、頼もしかりき。此度(こたみ)は、いと安らかにて、あさましきまでくつろかに乗られたるにも、道すがらいみじう悲し。
[ 5 ]降りて見るにも、イ さらにものおぼえず悲し。もろともに出で居つつ、つくろはせし草なども、わづらひしよりはじめて、うち捨てたりければ、生ひこりていろいろに咲き乱れたり。わざとのこと(注5)なども、みなおのがとりどりすれば、我はただつれづれとながめをのみして、「ひとむらすすき虫の音(ね)の」とのみぞいはるる。
手ふれねど花はさかりになりにけりとどめおきける露にかかりて
などぞおぼゆる。
[ 6 ]これかれぞ殿上などもせねば、穢らひもひとつにしなしためれば(注6)、おのがじしひき局(つぼね)(注7)などしつつあめる中に、我のみぞ紛るることなくて、夜は念仏の声聞きはじむるより、やがて泣きのみ明かさる。四十九日(しじふくにち)のこと(注8)、誰(たれ)も欠くことなくて、家にてぞする。わが知る人(注9)、おほかたのことを行ひためれば、人々多くさしあひたり。わが心ざしをば、仏をぞ描(か)かせたる。その日過ぎぬれば、みなおのがじし行きあかれぬ。ましてわが心地は心細うなりまさりて、いとどやるかたなく、人(注10)はかう心細げなるを思ひて、ありしよりはしげう通ふ。
(注1)とかうものすることなど ―― 葬式やその後始末など。
(注2)いたつく ―― 世話をする。
(注3)生くる人 ―― 作者を死なせないようにしている人。
(注4)立ちながらものして ―― 作者の夫である藤原兼家が、立ったまま面会しようとしたということ。立ったままであれば、死の穢(けが)れに触れないと考えられていた。
(注5)わざとのこと ―― 特別に行う供養。
(注6)これかれぞ殿上などもせねば、穢らひもひとつにしなしためれば ―― 殿上人もいないので、皆が同じ場所に籠もって喪に服したことを指す。殿上で働く人には、服喪に関わる謹慎期間をめぐってさまざまな制約があった。
(注7)ひき局 ―― 屏風(びょうぶ)などで仕切りをして一時的に作る個人スペース。
(注8)四十九日のこと ―― 人の死後四十九日目に行う、死者を供養するための大きな法事。
(注9)わが知る人 ―― 作者の夫、兼家。
(注10)人 ―― 兼家。
6段落では、作者の孤独が描かれているが、その表現についての説明として適当でないものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
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問題
大学入学共通テスト(国語)試験 令和4年度(2022年度)追・再試験 問27(第3問(古文) 問7) (訂正依頼・報告はこちら)
[ 1 ]かくて、とかうものすることなど(注1)、いたつく(注2)人多くて、ア みなしはてつ。いまはいとあはれなる山寺に集ひて、つれづれとあり。夜、目もあはぬままに、嘆き明かしつつ、山づらを見れば、霧はげに麓(ふもと)をこめたり。京もげに誰(た)がもとへかは出(い)でむとすらむ、いで、なほここながら死なむと思へど、生くる人(注3)ぞいとつらきや。
[ 2 ]かくて十余日になりぬ。僧ども念仏のひまに物語するを聞けば、「この亡くなりぬる人の、あらはに見ゆるところなむある。さて、近く寄れば、消え失せぬなり。遠うては見ゆなり」「いづれの国とかや」「みみらくの島となむいふなる」など、口々語るを聞くに、いと知らまほしう、悲しうおぼえて、かくぞいはるる。
ありとだによそにても見む名にし負はばわれに聞かせよみみらくの島
といふを、兄人(せうと)なる人聞きて、それも泣く泣く、
いづことか音にのみ聞くみみらくの島がくれにし人をたづねむ
[ 3 ]かくてあるほどに、立ちながらものして(注4)、日々にとふめれど、ただいまは何心もなきに、穢(けが)らひの心もとなきこと、おぼつかなきことなど、むつかしきまで書きつづけてあれど、ものおぼえざりしほどのことなればにや、おぼえず。
[ 4 ]里にも急がねど、心にしまかせねば、今日、みな出で立つ日になりぬ。来し時は、膝に臥(ふ)し給(たま)へりし人を、いかでか安らかにと思ひつつ、わが身は汗になりつつ、さりともと思ふ心そひて、頼もしかりき。此度(こたみ)は、いと安らかにて、あさましきまでくつろかに乗られたるにも、道すがらいみじう悲し。
[ 5 ]降りて見るにも、イ さらにものおぼえず悲し。もろともに出で居つつ、つくろはせし草なども、わづらひしよりはじめて、うち捨てたりければ、生ひこりていろいろに咲き乱れたり。わざとのこと(注5)なども、みなおのがとりどりすれば、我はただつれづれとながめをのみして、「ひとむらすすき虫の音(ね)の」とのみぞいはるる。
手ふれねど花はさかりになりにけりとどめおきける露にかかりて
などぞおぼゆる。
[ 6 ]これかれぞ殿上などもせねば、穢らひもひとつにしなしためれば(注6)、おのがじしひき局(つぼね)(注7)などしつつあめる中に、我のみぞ紛るることなくて、夜は念仏の声聞きはじむるより、やがて泣きのみ明かさる。四十九日(しじふくにち)のこと(注8)、誰(たれ)も欠くことなくて、家にてぞする。わが知る人(注9)、おほかたのことを行ひためれば、人々多くさしあひたり。わが心ざしをば、仏をぞ描(か)かせたる。その日過ぎぬれば、みなおのがじし行きあかれぬ。ましてわが心地は心細うなりまさりて、いとどやるかたなく、人(注10)はかう心細げなるを思ひて、ありしよりはしげう通ふ。
(注1)とかうものすることなど ―― 葬式やその後始末など。
(注2)いたつく ―― 世話をする。
(注3)生くる人 ―― 作者を死なせないようにしている人。
(注4)立ちながらものして ―― 作者の夫である藤原兼家が、立ったまま面会しようとしたということ。立ったままであれば、死の穢(けが)れに触れないと考えられていた。
(注5)わざとのこと ―― 特別に行う供養。
(注6)これかれぞ殿上などもせねば、穢らひもひとつにしなしためれば ―― 殿上人もいないので、皆が同じ場所に籠もって喪に服したことを指す。殿上で働く人には、服喪に関わる謹慎期間をめぐってさまざまな制約があった。
(注7)ひき局 ―― 屏風(びょうぶ)などで仕切りをして一時的に作る個人スペース。
(注8)四十九日のこと ―― 人の死後四十九日目に行う、死者を供養するための大きな法事。
(注9)わが知る人 ―― 作者の夫、兼家。
(注10)人 ―― 兼家。
6段落では、作者の孤独が描かれているが、その表現についての説明として適当でないものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
- 推定・婉曲を表す「めり」が繰り返し用いられることで、周囲の人々の様子をどこか距離を置いて見ている作者のあり方が表現されている。
- 「おのがじし」の描写の後に、「我」「わが」と繰り返し作者の状況が対比されることで、作者の理解されない悲しみが表現されている。
- 「仏をぞ描かせたる」には、心を閉ざした作者を慰めるために兼家が仏の姿を描いてくれたことへの感謝の気持ちが、係り結びを用いて強調されている。
- 「いとどやるかたなく」からは、母を失った悲しみのほかに、親族が法要後に去って心細さまで加わった、作者の晴れない気持ちが読み取れる。
- 「人はかう心細げなるを思ひて」からは、悲しみに暮れる作者に寄り添ってくれる存在として、作者が兼家を認識していることがうかがわれる。
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この過去問の解説 (2件)
01
「適当でないもの」を選ぶ問題です。
問題文の指示の見落としをしないよう、印をつけておきましょう。
〇推定・婉曲を表す「めり」が繰り返し用いられることで、周囲の人々の様子をどこか距離を置いて見ている作者のあり方が表現されている
→「めり」は推定・婉曲を表し、「~のようだ」「~のようである」「~のように思われる」という意味になります。
どの訳の場合でも、断定ではないため「距離を置いてみている」という表現に合致します。
〇繰り返し作者の状況が対比されることで、作者の理解されない悲しみが表現されている
→「他の人はそれぞれ過ごしている」「自分だけ気が紛れない」
「皆それぞれ帰っていった」「自分は心細い」
と対比されているため、適切な表現です。
×心を閉ざした作者を慰めるために兼家が仏の姿を描いてくれたことへの感謝の気持ちが、係り結びを用いて強調されている
→仏を欠いたのは兼家ではありません。
内容に誤りを含むため、この選択肢が正解です。
〇「いとどやるかたなく」からは、母を失った悲しみのほかに、親族が法要後に去って心細さまで加わった、作者の晴れない気持ちが読み取れる
→「いとどやるかたなく」は「ますますどうしようもなく」という意味で、親族が帰って作者が一層心細く感じたことにつながります。
(注10)より「人」とは兼家のことです。
「人はかう心細げなるを思ひて、ありしよりはしげう通ふ」
→兼家は、(作者が)心細く感じているのを心配して、以前より頻繁に(作者のところへ)通う
となり、適切です。
基本的な語句や表現について不安が残る場合は復習をしておきましょう。
本文に書かれていない内容を推測で補わないこと、問題文の指示を読み落とさないことに注意しておきましょう。
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02
注が多くついているため、参考にしましょう。
また、「適当でないもの」を選ぶという点にも注意が必要です。
「めり」は、推定・婉曲を表す助動詞です。
推定の場合は、「…のように見える。…と見える。…のように思われる。」などと訳します。
婉曲の場合は、「…ようである。」などと訳します。
推定・婉曲いずれの場合も、「どこか距離を置いて見ている」表現に合致します。
1度目の「おのがじし」と「わが」は、自分だけが混ざることができないと対比されています。
2度目は、皆がめいめい別れたのでさらに自分の気持ちは心細くなったと対比されています。
そのため、「繰り返し作者の状況が対比される」は適切です。
「わが心ざしをば、仏をぞ描(か)かせたる。」は、自分の(供養の)気持ちを(表すために)仏を描かせたと訳せます。
仏は作者が他者に命じて描かせたものであるため、「作者を慰めるために兼家が仏の姿を描いて」は誤りです。
この選択肢が適当でないものとして選ばれます。
「やるかたなく」は、どうしようもなくという意味です。
「おのがじし」と「我」「わが」の対比についての選択肢と同様の理由で、こちらも適切なものです。
「ましてわが心地は心細うなりまさりて」が心細さを描写している部分です。
注にあるように、ここでの「人」は兼家を指しているとわかります。
あとに続く「ありしよりはしげう通ふ」(今までより頻繁に通う)という部分からも、作者が兼家を自分に寄り添ってくれる存在として認識していることが読み取れるため、適切です。
推定・婉曲の助動詞「めり」、対比、強調の係り結び「ぞ〜たる(連体形)」など、語句や表現の基礎が問われています。
助動詞や係り結びは頻出です。
わからない部分があれば、調べてみましょう。
心情に関する問題は、前後の文脈や注を手がかりに考えましょう。
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