大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和4年度(2022年度)追・再試験
問23 (世界史B(第5問) 問3)
問題文
B ポリュビオス(ポリビオス)は、ローマの興隆を「史上かつてない大事件」と捉え、ポエニ戦争を出発点として『歴史』を著した。(引用文には、省略したり、改めたりしたところがある。)
その冒頭部分で彼は、ローマの権勢と比較すべき対象として、「これまでの歴史家たちが最大の精力を傾けて記録にとどめた過去の大国のうちでも、とりわけ史上に名高い国々」を、時系列に沿って三つ挙げている。一つ目の国は、ギリシアとの戦争がヘロドトスの史書の主題ともなった( エ )で、この国が「ある時期に広大な帝国と支配権を手に入れた。だが無謀にもアジアの境界を越え出ては、そのたびに帝国のみならず自身の生存さえも危険にさらした」と述べる。二つ目の国はスパルタであり、「長年にわたってギリシアの覇権をめぐる争いを続けた末に、ようやく勝利を得たものの、それを無事に保持していたのは僅かにすぎなかった」とする。
そのうえでポリュビオスは、三つ目の国として( オ )を挙げて、次のように述べる。
( オ )はまずヨーロッパ内の支配領域を広げたが、これはヨーロッパ全域のほんの一部分にすぎない。その後、( エ )を滅ぼしてアジアにも覇権を拡大した結果、史上最大の地域と人口を配下に従えたと称賛されるようになったけれども、なお世界には依然手の届かない地域が多く残されていた。
ポリュビオスとは異なる言語で史書を著したリウィウスも、ローマ興隆の契機をポエニ戦争とみなし、これまでの戦争の中で最も記憶すべきものと述べて史書の一部を割く。ただし、リウィウスは、a ローマ王政期を史書の出発点とし、イタリア中心の叙述をしている。同様の執筆姿勢は、タキトゥスらにも受け継がれていく。
Bの文章中の( エ )に入れる語と、( オ )の国が支配下に入れなかった地域との組合せとして正しいものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
このページは閲覧用ページです。
履歴を残すには、 「新しく出題する(ここをクリック)」 をご利用ください。
問題
大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和4年度(2022年度)追・再試験 問23(世界史B(第5問) 問3) (訂正依頼・報告はこちら)
B ポリュビオス(ポリビオス)は、ローマの興隆を「史上かつてない大事件」と捉え、ポエニ戦争を出発点として『歴史』を著した。(引用文には、省略したり、改めたりしたところがある。)
その冒頭部分で彼は、ローマの権勢と比較すべき対象として、「これまでの歴史家たちが最大の精力を傾けて記録にとどめた過去の大国のうちでも、とりわけ史上に名高い国々」を、時系列に沿って三つ挙げている。一つ目の国は、ギリシアとの戦争がヘロドトスの史書の主題ともなった( エ )で、この国が「ある時期に広大な帝国と支配権を手に入れた。だが無謀にもアジアの境界を越え出ては、そのたびに帝国のみならず自身の生存さえも危険にさらした」と述べる。二つ目の国はスパルタであり、「長年にわたってギリシアの覇権をめぐる争いを続けた末に、ようやく勝利を得たものの、それを無事に保持していたのは僅かにすぎなかった」とする。
そのうえでポリュビオスは、三つ目の国として( オ )を挙げて、次のように述べる。
( オ )はまずヨーロッパ内の支配領域を広げたが、これはヨーロッパ全域のほんの一部分にすぎない。その後、( エ )を滅ぼしてアジアにも覇権を拡大した結果、史上最大の地域と人口を配下に従えたと称賛されるようになったけれども、なお世界には依然手の届かない地域が多く残されていた。
ポリュビオスとは異なる言語で史書を著したリウィウスも、ローマ興隆の契機をポエニ戦争とみなし、これまでの戦争の中で最も記憶すべきものと述べて史書の一部を割く。ただし、リウィウスは、a ローマ王政期を史書の出発点とし、イタリア中心の叙述をしている。同様の執筆姿勢は、タキトゥスらにも受け継がれていく。
Bの文章中の( エ )に入れる語と、( オ )の国が支配下に入れなかった地域との組合せとして正しいものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
- エ:アッシリア オの国が支配下に入れなかった地域:イベリア半島
- エ:アッシリア オの国が支配下に入れなかった地域:エジプト
- エ:アケメネス朝 オの国が支配下に入れなかった地域:イベリア半島
- エ:アケメネス朝 オの国が支配下に入れなかった地域:エジプト
正解!素晴らしいです
残念...
この過去問の解説 (2件)
01
(エ)に入る語:アケメネス朝
ポリュビオスが最初に挙げている「ギリシアとの戦争がヘロドトスの史書の主題となった国」は、アケメネス朝ペルシアです。ヘロドトスの『歴史』は、ギリシアとアケメネス朝の戦争(ペルシア戦争)を描いたものであり、アケメネス朝が「広大な帝国と支配権を手に入れたが、アジアの境界を越えて無謀にもギリシアに遠征した」とされる点も一致しています。アッシリアはこれよりもはるか前の古代オリエントの国で、ギリシアとの直接的な戦争やヘロドトスの主題にはなっていません。
(オ)に入る国:マケドニア
次に、ポリュビオスが三つ目に挙げている国は、アレクサンドロス大王の時代のマケドニアです。マケドニアは、まずヨーロッパのバルカン半島一帯を支配し、次にアケメネス朝を滅ぼしてアジア(ペルシア帝国領)まで支配を広げました。「史上最大の地域と人口を配下に従えた」と称されますが、それでもイベリア半島(現在のスペイン・ポルトガル)はマケドニアの支配には入っていませんでした。一方、エジプトはアレクサンドロスが征服しており、後にプトレマイオス朝が成立するので、支配下に入っていた地域です。
アッシリアは紀元前7世紀頃にオリエントで栄えた帝国ですが、ギリシアとの戦争やヘロドトスの主題とは関係がありません。一方、イベリア半島がマケドニアに征服されていないという点は正しいですが、前半が誤りのため不正解です。
「アッシリア」が誤りです。さらに、エジプトはアレクサンドロス大王によって征服され、支配下に入りました。したがって後半の内容も誤りです。
解答と正しいです。正解です。
「アケメネス朝」は正しいですが、エジプトはアレクサンドロスによって征服され、後にプトレマイオス朝が成立しました。したがって「支配下に入れなかった地域」とするのは誤りです。
【覚えておくポイント】
・ヘロドトスの『歴史』はアケメネス朝とギリシアの戦争(ペルシア戦争)を主題とする。
・アレクサンドロス大王はマケドニアを率いてアケメネス朝を滅ぼし、大帝国を築いた。
・マケドニアの支配が及ばなかった地域の代表例がイベリア半島。
・エジプトはマケドニアに征服され、アレクサンドリアが建設された。
参考になった数0
この解説の修正を提案する
02
「ギリシアとの戦争がヘロドトスの史書の主題となった国」
→ ヘロドトスの『歴史』といえば、ペルシア戦争です。
つまり、ギリシアと戦ったのは アケメネス朝ペルシアとなります。
(アッシリアはさらに古く、ギリシアとの直接対決はありません)
「まずヨーロッパ内で支配を広げ、その後、(エ)=アケメネス朝を滅ぼしてアジアにも覇権拡大」
→ 誰がアケメネス朝を滅ぼしたかを考えると、マケドニア王国(アレクサンドロス大王)となります。
【マケドニア(アレクサンドロス大王)が支配できなかった地域について】
アレクサンドロス大王は、ギリシア、エジプト、ペルシア、インド西部まで進出しましたが、
イベリア半島(現在のスペイン・ポルトガル)は支配していません。
(エジプトには征服し、アレクサンドリアを建設しています)
アッシリアはギリシアとの戦争とは無関係であり、誤りです。
アッシリアは違い、さらにエジプトはマケドニアに征服されています。
正しい組み合わせです。【正解】
エジプトはアレクサンドロス大王に征服されており、誤りです。
ポリュビオスは、ギリシアと戦った大国としてアケメネス朝を挙げ、また、アレクサンドロス大王率いるマケドニアがアケメネス朝を滅ぼして支配を拡大したことを指摘しました。
しかし、マケドニアの勢力はイベリア半島には及んでいませんでした。
エジプトはアレクサンドロスによって征服され、アレクサンドリア市が建設されました。
参考になった数0
この解説の修正を提案する
前の問題(問21)へ
令和4年度(2022年度)追・再試験 問題一覧
次の問題(問24)へ