大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和5年度(2023年度)本試験
問31 (世界史B(第5問) 問3)
問題文
あるクラスで、世界史の授業が行われている。
先生:次の表は、1929年の東南アジアにおける4つの植民地の主要な輸出先とその比率を示しています。表中のインドネシアは、現在のインドネシアに当たる植民地を指します。マラヤ(マレー)には、海峡植民地が含まれています。ここからどのようなことが分かりますか。
石田:植民地は、宗主国としか貿易できないと思っていましたが、そうでもないですね。4地域の中で宗主国がトップなのは一つだけです。
先生:そのとおりです。宗主国との貿易の比率が高い地域とそうでない地域があり、輸出品や宗主国によって事情が異なります。a マラヤの宗主国が進めた自由貿易政策は東南アジア全体に影響を与えました。
佐藤:マラヤは、( ア )への輸出の比率が高いですね。なぜですか。
先生:マラヤの主要な輸出品はゴムでした。b 統計が取られた時点で、( ア )において、ゴムの需要が高まっていたのです。
工藤:インドシナも特徴的ですね。香港、中国といった東アジアの諸地域や、同じ東南アジアの植民地が上位に名を連ねています。
先生:インドシナの主要な輸出品は米でした。アジア地域の開発による人口増加に伴い、食糧として米の需要が大きかったと考えられます。
石田:この時期の東南アジアは植民地として政治的に分割されましたが、経済的には近隣の諸地域との関係が強かったのですね。他の地域でも同じことが言えるのでしょうか。
先生:それはまた調べてみましょう。東南アジアにおいても、ちょうどこの年にニューヨークで起こった株価暴落を契機として、この構造は変化していくことになります。
前の文章を参考にしつつ、1929年当時の東南アジア各地の経済と貿易について述べた文として最も適当なものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。

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問題
大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和5年度(2023年度)本試験 問31(世界史B(第5問) 問3) (訂正依頼・報告はこちら)
あるクラスで、世界史の授業が行われている。
先生:次の表は、1929年の東南アジアにおける4つの植民地の主要な輸出先とその比率を示しています。表中のインドネシアは、現在のインドネシアに当たる植民地を指します。マラヤ(マレー)には、海峡植民地が含まれています。ここからどのようなことが分かりますか。
石田:植民地は、宗主国としか貿易できないと思っていましたが、そうでもないですね。4地域の中で宗主国がトップなのは一つだけです。
先生:そのとおりです。宗主国との貿易の比率が高い地域とそうでない地域があり、輸出品や宗主国によって事情が異なります。a マラヤの宗主国が進めた自由貿易政策は東南アジア全体に影響を与えました。
佐藤:マラヤは、( ア )への輸出の比率が高いですね。なぜですか。
先生:マラヤの主要な輸出品はゴムでした。b 統計が取られた時点で、( ア )において、ゴムの需要が高まっていたのです。
工藤:インドシナも特徴的ですね。香港、中国といった東アジアの諸地域や、同じ東南アジアの植民地が上位に名を連ねています。
先生:インドシナの主要な輸出品は米でした。アジア地域の開発による人口増加に伴い、食糧として米の需要が大きかったと考えられます。
石田:この時期の東南アジアは植民地として政治的に分割されましたが、経済的には近隣の諸地域との関係が強かったのですね。他の地域でも同じことが言えるのでしょうか。
先生:それはまた調べてみましょう。東南アジアにおいても、ちょうどこの年にニューヨークで起こった株価暴落を契機として、この構造は変化していくことになります。
前の文章を参考にしつつ、1929年当時の東南アジア各地の経済と貿易について述べた文として最も適当なものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。

- コーヒー栽培が進められたインドネシアは、宗主国向けの輸出額の割合が4地域の中で最も低かった。
- ゴムプランテーション(ゴム園)の労働者として移民が流入したマラヤは、インドシナの輸出額上位5地域の中に入っていた。
- フィリピンでは強制栽培制度による商品作物生産がなされており、アジア向けの輸出額は全体の2割以下であった。
- インドシナの輸出額において最大であった地域は、インドシナと同じ宗主国の植民地であった。
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この過去問の解説 (1件)
01
最も適当な選択肢は、
「ゴムプランテーション(ゴム園)の労働者として移民が流入したマラヤは、インドシナの輸出額上位5地域の中に入っていた。」 です。
表を見ると、インドシナ(仏領)の輸出先第3位は マラヤ 10.8% です。
イギリス領マラヤでは20世紀初めから大規模なゴムプランテーションが開かれ、中国系・インド系の移民労働者が多数流入しました。
このようにマラヤは原料ゴムの一大供給地となり、近隣のインドシナとも活発に米―ゴムなどを交換していたことが読み取れます。
インドネシアの宗主国オランダ向けは21.0%です。
マラヤの宗主国イギリス向けは14.3%で、こちらの方が低いため不適当です。
表のインドシナ欄にマラヤ 10.8%があり、条件を満たします。
強制栽培制度はオランダ領東インドの政策で、米比には存在しません。
最大輸出先は香港 32.1%(英領)で、宗主国フランスの植民地ではありません。
1929年の東南アジア貿易は、宗主国だけでなく周辺植民地・地域との結びつきが強い点が特徴です。
特にマラヤはゴム需要の高まりと自由港シンガポールの機能を背景に域内貿易のハブとなり、インドシナとの取引でも重要な位置を占めていました。
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