大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和5年度(2023年度)追・再試験
問79 (地理B(第3問) 問2)

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問題

大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和5年度(2023年度)追・再試験 問79(地理B(第3問) 問2) (訂正依頼・報告はこちら)

日本の人口や都市について、ユミさんたちが行った探究に関する次の問いに答えよ。

ハヤトさんは、国際的な人の移動によっても人口が変化することに注目し、いくつかの国における社会増加率の推移を調べ、日本と比較した。次の図2は、いくつかの国における社会増加率の推移を示したものであり、①~④は、日本、フランス、ベトナム、メキシコのいずれかである。日本に該当するものを、図2中の選択肢のうちから一つ選べ。
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この過去問の解説 (2件)

01

正答は②です。

 

この問題は各国の社会的要因による人口の増減率を表しています。

社会的要因とは、外国への出稼ぎや移住、難民受け入れなどを意味しています。

第二次世界大戦・太平洋戦争後の世界史的背景を踏まえて考えましょう。

選択肢1. ①

フランスを指しています。

 

フランスでは第二次世界大戦後に旧植民地(主にアフリカ諸国)から宗主国であったフランスへの出稼ぎや移住が多く、1960年前後に大きく人口が増加します。

 

2000年代以降は、アメリカによるアフガニスタン・イラク侵攻、またイスラム国の隆盛により中東諸国で政情が不安定になり、ヨーロッパ諸国への難民が増加しました。

またEUの拡大により、東ヨーロッパ諸国からのビザなし渡航・就労が増加していることも大きな要因です。

選択肢2. ②

日本を表しており正答です。

 

日本は基本的に外国人就労・移民に対して比較的厳しい制限を設けています。

ただし、1960年代には太平洋戦争時に日本に在留した朝鮮人や中国人、台湾人の2世・3世が生まれ始めます。

彼らは日本籍ではなく外国籍扱いとなるので、統計上は外国人の増加として扱われます。

選択肢3. ③

メキシコを指しています。

 

経済発展が遅れていたメキシコでは、北側に隣接するアメリカへの移住や出稼ぎ、時には密入国が大変多かった時期が続きました。

しかしながら2000年代に入ると、メキシコ本国の経済発展により出稼ぎなどの必要が無くなりつつあります。

またこの時期、アメリカでは移住の受け入れを厳格化し、密入国に対しても厳しい処置を取り始めたため、2000年代以降は社会的人口の流出が急に少なくなります。

選択肢4. ④

ベトナムを指しています。

 

ベトナムでは1970年代に激しいベトナム戦争を経験しました。

北ベトナムと南ベトナムに分かれて激戦が長く続きましたが、最終的にはアメリカの支援する南ベトナムが敗北し、現在のベトナム民主共和国となりました。

そのためアメリカの撤退とともに旧南ベトナムの人々が国外脱出せざるを得ない状況でした。

これがグラフ上でも顕著に表れており、1970年代に社会的人口動態がマイナスとして鋭く表されています。

まとめ

地理の学習には少なからず世界史や日本史、政治経済の知識を生かせるものが多いので、日ごろから様々な科目に興味を持っていきましょう。

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02

日本に当たるのは②です。

選択肢1. ①

1960年代前半に社会増加率が6%近くまで急上昇し、その後も2000年代に再び5%前後の高い値を示しています。

高度成長期以降も継続してまとまった入国がある国としては、旧植民地からの移民・難民を多く受け入れたフランスが最もよく当てはまります。

選択肢2. ②

1950年代から一貫して±1%以内の小さな変動にとどまり、近年はわずかにプラスに転じています。

戦後の引き揚げ・海外移住期を除けば大規模な流入出がなく、近年は外国人労働者の受け入れがわずかに増えている日本の特徴と一致します。

選択肢3. ③

1950年代から社会増加率がマイナスで、1990年代−5%近くへ達するまで漸減します。

長年にわたり大量の国外流出(主にアメリカ合衆国への移民)を続けてきたメキシコが該当します。

選択肢4. ④

1970年代までは0付近でしたが、1975〜80年に-5%に急落し、その後ゆるやかに回復しています。

1975年のサイゴン陥落後に大量の難民が海外へ流出したベトナムの動きそのものです。

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