大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和5年度(2023年度)追・再試験
問14 (世界史B(第2問) 問8)

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問題

大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和5年度(2023年度)追・再試験 問14(世界史B(第2問) 問8) (訂正依頼・報告はこちら)

世界史上の諸地域における、君主を中心とする秩序のあり方について述べた次の文章を読み、後の問いに答えよ。

次の資料は、1439年にシャルル7世によって出された王令の一部である。(引用文には、省略したり、改めたりしたところがある。)

資料
国王は、全ての者に対して、大逆罪をもって以下のことを禁じる。すなわち、国王の許可、同意、王令ではなかったり、国王の開封勅書によるのでなければ、いかなる身分の者であれ、何人(なんぴと)も騎兵、弓兵、その他の兵士の部隊を敢えて召集、指揮、統率したり、迎え入れたりしてはならない。同様に、国王によって選任されたいずれかの隊長の下でなければ、そして彼に命じられた人数内でなければ、何人も武装したり、いずれかの隊長などの部隊に加わってはならない。
同じく、国王は次のことを禁じる。以後、いかなる身分、資格、条件の者であっても、たとえ国王によって彼に与えられたり、割り当てられたり、また国王が彼に負った負債のためであっても、国王の保護税と御用金の金銭を徴収、押収、保有してはならない。また、国王から与えられた権限や許可もなく、自分の所領に保護税を課してはならない。

この王令は、( エ )のさなかに出された。戦いの初期はイングランド軍が優勢であったが、最終的にはイングランド王の大陸所領はカレーのみとなる。この戦いを経験するなかで、フランスでは、国王と貴族との力関係に変化が生じた。王令では、軍事とそれを支える財政について取り扱われているが、この王令が出された後、シャルル7世は軍事改革を進め、それがe フランスでの絶対王政(絶対主義)を支える組織の発展につながっていくことになる。

下線部eの体制下で即位した国王たちの治世に起こった出来事について述べた文として最も適当なものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
  • トゥール・ポワティエ間の戦いが行われた。
  • フランス王が、第3回十字軍に参加した。
  • フランスが、三十年戦争に介入した。
  • 総裁政府が倒れ、統領政府が建てられた。

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この過去問の解説 (1件)

01

フランスの絶対王政に関して出題されました。フランスでは1589年にブルボン朝を開いたアンリ4世によって絶対王政が始まり、1789年に起こったフランス革命によって終了しました。

選択肢1. トゥール・ポワティエ間の戦いが行われた。

トゥール・ポワティエ間の戦いは、732年にフランク王国に侵攻したウマイヤ朝の勢力をカール=マルテルが撃退した戦いであり、絶対王政とは関係がありません。よって誤りです。

選択肢2. フランス王が、第3回十字軍に参加した。

第3回十字軍は、1189年から1192年にかけて派遣されました。絶対王政の時期とは重なっていません。よって誤りです。

選択肢3. フランスが、三十年戦争に介入した。

三十年戦争は1618年に始まり、フランスは1635年にこの戦争に介入しました。この時の国王は、絶対王政の強化を進めたルイ13世です。これが正解です。

選択肢4. 総裁政府が倒れ、統領政府が建てられた。

総裁政府が倒れ、統領政府が建てられたのは1799年のことです。すでに絶対王政は廃止されているので誤りです。

まとめ

フランスの絶対王政を行ったのはブルボン朝なので、ブルボン朝の代表的な君主の名前、事績を整理しておきましょう。

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