大学入学共通テスト(地理歴史) 過去問
令和5年度(2023年度)追・再試験
問46 (日本史B(第3問) 問2)

このページは閲覧用ページです。
履歴を残すには、 「新しく出題する(ここをクリック)」 をご利用ください。

問題

大学入学共通テスト(地理歴史)試験 令和5年度(2023年度)追・再試験 問46(日本史B(第3問) 問2) (訂正依頼・報告はこちら)

高校生のアユムさんとリョウさんは、所属する日本史探究部で、「中世の人々の暮らしと考え方」について研究発表することになった。発表について相談する二人の会話を読み、後の問いに答えよ。(史料は、一部省略したり、書き改めたりしたところもある。)

アユム:中世の人々の暮らしって、現在の私たちとは大きく異なるところがあるよね。家の造りや生活様式など、目に見える部分だけじゃなくて、様々な単位なんかも、今とは全く違っているし。
リョウ:そうそう。以前に荘園の現地で年貢の収納などに使われていた枡(ます)について触れた文章を読んだけど、播磨国にある矢野荘っていう荘園には、年貢収納のための枡が複数あって、それぞれ容量が違うんだって。
アユム:それはびっくりだよね。せっかく、後三条天皇がa 延久の荘園整理令の時に新しい枡を作って容量の統一を試みたのにね。同じ大きさの枡で量った方が便利だし、合理的だと思うんだけど。そういえば、豊臣秀吉も枡を統一しようとしてなかったっけ。
リョウ:b 太閤検地を実施する際に使った枡のことだよね。太閤検地では統一的な枡や尺度を定めて実施したところが新しいよね。とはいえ、その後も各地では独自の枡や尺度を用いていたところもあったみたいだけど。
アユム:中世では様々な大きさの枡が使われたけど、統一政権ができたことで、だんだんと統一される方向に進んでいったのかな。
リョウ:そうなのかもね。でもやっぱり、c 容量の違う枡が同じ荘園で使われていたり、容量が違う枡を使って年貢を量っていたりする理由が気になるよね
アユム:本当に、中世の人々の考え方って不思議だよね。
リョウ:面白い研究発表のテーマだから、中世の枡についてもっと調べてみようよ。

下線部aについて述べた文として正しいものを、次の選択肢のうちから一つ選べ。
  • 増加する公領(国衙領)が荘園を圧迫したため、公領(国衙領)が削減された。
  • 記録所の役人に大江広元が起用され、証拠書類の不備な荘園が停止された。
  • 摂関家の荘園も例外とはされず、証拠書類の提出が求められ審査された。
  • 貴族・寺社が支配する荘園と武士が支配する公領(国衙領)との区別が明確になった。

次の問題へ

正解!素晴らしいです

残念...

この過去問の解説 (1件)

01

後三条天皇によって1069年に出された延久の荘園整理令に関する問題です。

選択肢1. 増加する公領(国衙領)が荘園を圧迫したため、公領(国衙領)が削減された。

延久の荘園整理令では、1045年以降の新立荘園を廃止したものであり、公領を削減するものではないので誤りです。

選択肢2. 記録所の役人に大江広元が起用され、証拠書類の不備な荘園が停止された。

記録書が設けられて証拠書類の不備な荘園が停止されましたが、役人に起用されたのは大江匡房なので正しくありません。大江広元は、公家出身の政治家で、源頼朝に招かれて鎌倉入りし、公文所(のちの政所)の初代別当となった人物です。よって誤りです。

選択肢3. 摂関家の荘園も例外とはされず、証拠書類の提出が求められ審査された。

延久の荘園整理令では、摂関家の荘園も例外とはされず、証拠書類の提出が求められ審査され、一部が整理されました。これが正解です。

選択肢4. 貴族・寺社が支配する荘園と武士が支配する公領(国衙領)との区別が明確になった。

延久の荘園整理令は、荘園と公領(国衙領)とを区別するために出されたものではないので誤りです。

まとめ

荘園整理令は、荘園の増加の防止、荘園の縮小を図って出された法令です。902年の延喜の荘園整理令、1045年の寛徳の荘園整理令、1069年の延久の荘園整理が有名ですが、いずれも不徹底に終わり、効果は不十分でした。

参考になった数0